【『名作』一覧】童話や文学、戯曲など【海外と日本の有名作品集】
名作:『オツベルと象』をご紹介させていただきました。
あらすじは全文ふりがな付きで、読み聞かせができるようにまとめています。
一つの参考にして下さいませ。
- 全文ふりがな付きのあらすじ要約
- 作者紹介
- 考察と解説と解釈:「伝えたいことは何だったのか?」
- 学校教育にまつわる情報
- 参考文献
タッチ⇒移動する目次
『オツベルと象』の怖いあらすじ内容を簡単に要約
まずはあらすじと作者紹介です。
物語:純粋であるが故
……ある牛飼いがものがたる
第一日曜
オツベルときたら、大したもんだ。
稲こき器械の六台も据えつけて、のんのんのんのんのんのんと、大そろしない音*をたててやっている。
十六人の百姓どもが、顔をまるっきり真っ赤にして、足で踏んで器械をまわし、小山のように積まれた稲を片っぱしからこいていく。
藁はどんどん後ろの方へ投げられて、また新しい山になる。
そこらは、もみや藁からたった細かな塵で、変にぼうっと黄色になり、まるで砂漠の煙のようだ。
その薄暗い仕事場を、オツベルは目を細くして気をつけながら、両手を背中に組み合わせて、ぶらぶら行ったり来たりする。
小屋はずいぶん頑丈で、学校ぐらいもあるのだが、何せ新式稲こき器械が、六台も揃ってまわってるから、のんのんのんのんふるう*のだ。
中に入るとそのために、すっかり腹が空くほどだ。
そして実際オツベルは、そいつで上手に腹を減らし、昼飯時には、六寸*ぐらいのビフテキだの、雑巾ほどあるオムレツの、ほくほくしたのを食べるのだ。
とにかく、そうして、のんのんのんのん、やっていた。
そしたらそこへどういうわけか、その、白象がやって来た。
白い象だぜ、ペンキを塗ったのでないぜ。
どういうわけで来たかって?
そいつは象のことだから、多分ぶらっと森を出て、ただ何となく来たのだろう。
そのときオツベルは、並んだ器械の後ろの方で、ポケットに手を入れながら、ちらっと鋭く象を見た。
それからすばやく下を向き、何でもないというふうで、今まで通り行ったり来たりしていたもんだ。
すると今度は白象が、片あし床にあげたのだ。
オツベルは奥の薄暗いところで、両手をポケットから出して、も一度ちらっと、象を見た。
それからいかにも退屈そうに、わざと大きなあくびをして、両手を頭の後ろに組んで、行ったり来たりやっていた。
ところが象が威勢よく、前あし二つつきだして、小屋にあがって来ようとする。
それでもやっぱり知らないふうで、ゆっくりそこらを歩いていた。
そしたらとうとう、象がのこのこあがって来た。
そして器械の前のとこを、のんきに歩き始めたのだ。
ところが何せ、器械はひどくまわっていて、もみは夕立かあられのように、パチパチ象にあたるのだ。
象はいかにもうるさいらしく、小さなその目を細めていたが、またよく見ると、たしかに少し笑っていた。
オツベルはやっと覚悟を決めて、稲こき器械の前に出て、象に話をしようとしたが、そのとき象が、とてもきれいな、うぐいすみたいないい声で、こんな文句を言ったのだ。
「ああ、だめだ。あんまりせわしく、砂がわたしの歯にあたる」
まったくもみは、パチパチパチパチ歯にあたり、また真っ白な頭や首にぶっつかる。
さあ、オツベルは命懸けだ。
度胸を据えてこう言った。
「どうだい、ここは面白いかい」
「面白いねえ」象がからだを斜めにして、目を細くして返事した。
「ずうっとこっちにいたらどうだい」
百姓どもははっとして、息をころして象を見た。
オツベルは言ってしまってから、にわかにがたがた震え出す。
ところが象はけろりとして、
「いてもいいよ」
と答えたもんだ。
「そうか。それではそうしよう。そういうことにしようじゃないか」
オツベルが顔をくしゃくしゃにして、真っ赤になって喜びながらそう言った。
どうだ、そうしてこの象は、もうオツベルの財産だ。
今に見たまえ、オツベルは、あの白象を、働かせるか、サーカス団に売り飛ばすか、どっちにしても万円以上、もうけるぜ。
第二日曜
オツベルときたら、大したもんだ。
それにこの前稲こき小屋で、うまく自分のものにした、象も実際大したもんだ。
力も二十馬力もある。
第一、見かけが真っ白で、牙はぜんたい、きれいな象牙でできている。
皮もぜんたい、立派で丈夫な象皮なのだ。
そしてずいぶん働くもんだ。
けれどもそんなにかせぐのも、やっぱり主人が偉いのだ。
「おい、お前は時計はいらないか」丸太で建てたその象小屋の前に来て、オツベルは顔をしかめてこう聞いた。
「ぼくは時計はいらないよ」象が笑って返事した。
「まあ持ってみろ、いいもんだ」こう言いながらオツベルは、ブリキでこさえた大きな時計を、象の首からぶらさげた。
「なかなかいいね」象も言う。
「鎖もなくちゃだめだろう」オツベルときたら、百キロもある鎖をさ、その前あしにくっつけた。
「うん、なかなか鎖はいいね」三あし歩いて象が言う。
「靴をはいたらどうだろう」
「ぼくは、靴などはかないよ」
「まあはいてみろ、いいもんだ」オツベルは顔をしかめながら、赤い張子の大きな靴を、象の後ろのかかとにはめた。
「なかなかいいね」象も言う。
「靴に飾りをつけなくちゃ」オツベルはもう大急ぎで、四百キロある分銅を、靴の上からはめ込んだ。
「うん、なかなかいいね」象は二あし歩いてみて、さも嬉しそうにそう言った。
次の日、ブリキの大きな時計と、紙の靴とはやぶけ、象は鎖と分銅だけで、大喜びで歩いておった。
「すまないが税金も高いから、今日はすこうし、川から水をくんでくれ」
オツベルは両手を後ろで組んで、顔をしかめて象に言う。
「ああ、ぼく水をくんでこよう。もう何杯でもくんでやるよ」
象は目を細くして喜んで、その昼過ぎに五十だけ、川から水をくんできた。
そして菜っ葉の畑にかけた。
夕方、象は小屋にいて、十ぱの藁を食べながら、西の三日の月を見て、
「ああ、かせぐのは愉快だねえ、さっぱりするねえ」
と言っていた。
「すまないが税金がまた上がる。今日はすこうし森から、たきぎを運んでくれ」
オツベルは、房のついた赤い帽子をかぶり、両手をかくし*につっこんで、次の日象にそう言った。
「ああ、ぼくたきぎを持ってこよう。いい天気だねえ。ぼくはぜんたい、森へ行くのは大好きなんだ」
象は笑ってこう言った。
その昼過ぎの半日に、象は九百ぱたきぎを運び、目を細くして喜んだ。
晩方、象は小屋にいて、八わの藁を食べながら、西の四日の月を見て、
「ああ、せいせいした。サンタマリア」
と、こうひとりごとしたそうだ。
その次の日だ。
「すまないが、税金が五倍になった、今日はすこうし鍛冶場へ行って、炭火を吹いてくれないか」
「ああ、吹いてやろう。本気でやったら、ぼく、もう、息で、石も投げ飛ばせるよ」
象は、のそのそ鍛冶場へ行って、べたんと足を折って座り、ふいごの代わりに半日炭を吹いたのだ。
その晩、象は象小屋で、七わの藁を食べながら、空の五日の月を見て、
「ああ、疲れたな、嬉しいな、サンタマリア」
と、こう言った。
どうだ、そうして次の日から、象は朝からかせぐのだ。
藁も昨日はただ五わだ。
よくまあ、五わの藁などで、あんな力が出るもんだ。
実際、象は経済*だよ。
それというのもオツベルが、頭が良くて偉いためだ。
オツベルときたら、大したもんさ。
第五日曜
オツベルかね、そのオツベルは、おれも言おうとしてたんだが、いなくなったよ。
まあ、落ち着いて聞きたまえ。
前に話したあの象を、オツベルは少しひどくし過ぎた。
しかたがだんだんひどくなったから、象がなかなか笑わなくなった。
時には赤い竜の目をして、じっとこんなにオツベルを見下ろすようになってきた。
ある晩、象は象小屋で、三ばの藁を食べながら、十日の月を仰ぎ見て、
「苦しいです。サンタマリア」
と言ったということだ。
こいつを聞いたオツベルは、ことごと、象につらくした。
ある晩、象は象小屋で、ふらふら倒れて地べたに座り、藁も食べずに、十一日の月を見て、
「もう、さようなら、サンタマリア」
と、こう言った。
「おや、何だって?さよならだ?」
月がにわかに象に聞く。
「ええ、さよならです。サンタマリア」
「何だい、なりばかり大きくて、からっきし意気地のないやつだなあ。仲間へ手紙を書いたらいいや」
月が笑ってこう言った。
「お筆も紙もありませんよう」
象は、ほそうい、きれいな声で、しくしくしくしく泣き出した。
「それ、これでしょう」
すぐ目の前で、可愛い子供の声がした。
象が頭を上げて見ると、赤い着物の童子が立って、硯*と紙をささげていた。
象はさっそく手紙を書いた。
「ぼくはずいぶん、めにあっている*。みんなで出てきて助けてくれ」
童子はすぐに手紙を持って、林の方へ歩いて行った。
赤衣の童子が、そうして山に着いたのは、ちょうど昼飯頃だった。
このとき山の象どもは、沙羅樹*の下の暗がりで、碁などをやっていたのだが、額を集めてこれを見た。
「ぼくはずいぶん、めにあっている。みんなで出てきて助けてくれ」
象は一斉に立ち上がり、真っ黒になって吠え出した。
「オツベルをやっつけよう」
議長の象が高く叫ぶと、
「おう、出掛けよう。グララアガア、グララアガア」
みんなが一度に呼応する。
さあ、もうみんな、嵐のように林の中をなきぬけて、グララアガア、グララアガア、野原の方へ飛んで行く。
小さな木などは根こぎになり、藪や何かもめちゃめちゃだ。
グワア グワア グワア グワア、花火みたいに野原の中へ飛び出した。
それから、何の、走って、走って、とうとう向こうの青くかすんだ野原の果てに、オツベルの屋敷の黄色な屋根を見つけると、象は一度に噴火した。
グララアガア、グララアガア。
そのときはちょうど一時半、オツベルは皮の寝台の上で昼寝のさかりで、からすの夢を見ていたもんだ。
あまり大きな音なので、オツベルのうちの百姓どもが、門から少し外へ出て、小手をかざして向こうを見た。
林のような象だろう。汽車より早くやってくる。
ところがオツベルは、やっぱり偉い。
目をぱっちりと開いたときは、もう何もかもわかっていた。
「おい、象のやつは小屋にいるのか。よし、戸を閉めろ。早く象小屋の戸を閉めるんだ。ようし、早く丸太を持って来い。閉じ込めちまえ、ちくしょうめ、じたばたしやがるな、丸太をそこへ縛り付けろ。さあ、大丈夫だ。大丈夫だとも。慌てるなったら。おい、みんな、今度は門だ。門を閉めろ。おい、みんな心配するなったら。しっかりしろよ」
オツベルはもう支度ができて、ラッパみたいないい声で、百姓どもを励ました。
オツベルはいよいよ躍起となって、そこらあたりを駆け回る。
間もなく地面はぐらぐらと揺られ、そこらはばしゃばしゃ暗くなり、象は屋敷を取り巻いた。
グララアガア、グララアガア、その恐ろしい騒ぎの中から、
「今助けるから安心しろよ」
優しい声も聞こえてくる。
「ありがとう。よく来てくれて、ほんとにぼくは嬉しいよ」
象小屋からも声がする。
さあ、そうすると、まわりの象は、一層ひどく、グララアガア、グララアガア、塀のまわりをぐるぐる走っているらしく、度々中から、怒って振り回す鼻も見える。
けれども塀はセメント*で、中には鉄も入っているから、なかなか象も壊せない。
塀の中にはオツベルが、たった一人で叫んでいる。
そのうち外の象どもは、仲間のからだを台にして、いよいよ塀を越しかかる。
だんだん、にゅうと顔を出す。
さあ、オツベルは射ち出した。六連発のピストルさ。
ドーン、グララアガア、ドーン、グララアガア、ドーン、グララアガア、ところが弾丸は通らない。
牙にあたれば跳ね返る。
一匹なぞはこう言った。
「なかなかこいつはうるさいねえ。ぱちぱち顔へあたるんだ」
オツベルはいつかどこかで、こんな文句を聞いたようだと思いながら、ケースを帯からつめかえた。
そのうち、象の片あしが、塀からこっちへはみ出した。それから、もひとつはみ出した。
五匹の象がいっぺんに、塀からどっと落ちて来た。
オツベルはケースを握ったまま、もうくしゃくしゃに潰れていた。
早くも門が開いていて、グララアガア、グララアガア、象がどしどしなだれ込む。
「牢はどこだ」
みんなは小屋に押し寄せる。
丸太なんぞは、マッチのようにへし折られ、あの白象は大変痩せて小屋を出た。
「まあ、よかったね、痩せたねえ」
みんなは静かにそばにより、鎖と銅を外してやった。
「ああ、ありがとう。ほんとにぼくは助かったよ」
白象は、寂しく笑ってそう言った。
おや、□*、川へ入っちゃいけないったら。
(おわり)
ーーーーー
[用語の説明]
*大そろしない音:大変大きな音
*ふるう:震える
*六寸:約18cmの長さのこと
*かくし:ポケットのこと
*経済:経済的
*硯:石などで作った、墨をするための文房具のこと
*めにあっている:ひどいめにあっている
*沙羅樹:インドに生える常緑の高木
*セメント:建築や土木工事などで使われる粉状の物質のこと
*□:本作の語り手である牛飼いが、誰かに呼びかけた言葉だとされている
*原文、一字不明。語り手の牛飼いが、だれかに呼びかけたことばと思われる。
(『もう一度読みたい 教科書の泣ける名作 再び』181ページ オツベルとぞう より)
ーーーーー
作者:宮沢賢治
作者:宮沢賢治(1896~1933年)
現在の岩手県花巻市出身の童話作家であり詩人。
教員を経た後、農民の生活向上に尽力しながら、童話や詩を書き続けました。
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岩手県の花巻町(現在の花巻市)に生まれた後、14歳で盛岡中学校に入学。
その頃には短歌を創作し始めています。
(前略)また登山や植物・鉱物の採集に熱中した。
(『学習人物事典』452ページ より)
中学を卒業後は盛岡高等農林学校に入学。
在学しながら童話を書き始めました。
その後、盛岡高等農林学校を卒業後は、同校の研究生として残り、郷土の土性調査を行います。
童話の創作は後述した『国柱会』に入会後も続けていました。
そのかたわら詩を書き、たくさんの童話を書いた。
今日のこされている賢治の童話の大部分は、このころに書かれたり、構想がねられたものが多い。
(『学習人物事典』453ページ より)
作品
その他の代表作の一部
生前に刊行されたのは2作品のみだった
宮沢 賢治は数多くの作品を世に送り出していますが、彼の生前に刊行された作品は2作品のみでした。
三十七歳で亡くなるまでに、「グスコーブドリの伝記」、「セロひきのゴーシュ」など、数多くの作品を残した。
しかし生前に刊行されたのは、詩集『春と修羅』と、「イーハトヴ童話」の副題がついた童話集『注文の多い料理店』という、二作品のみだった。
なお「イーハトヴ」とは賢治の造語で、岩手県のこと。
有名な詩「雨ニモマケズ」は、賢治の死後、手帳から発見された。
(『もう一度読みたい 教科書の泣ける名作』38ページ 宮沢賢治 より)
生前はほとんど無名だったが、死後、『銀河鉄道の夜』『風の又三郎』『グスコーブドリの伝記』など、イーハトーヴ(国際共通語として提唱されたエスペラント語的な岩手の表記)童話と呼ばれる一連の作品が高く評価されるようになった。
(『倫理用語集』175ページ 宮沢賢治 より)
人物
推敲の徹底
また宮沢 賢治は自身の作品を徹底して推敲*することでも知られていました。
*推敲:自分で書いた文章を読み返し、練り直すこと
徹底的に推敲を重ねることでも知られ、代表作の一つである「銀河鉄道の夜」には、一次稿から四次稿までが存在する。
(『もう一度読みたい 教科書の泣ける名作』38ページ 宮沢賢治 より)
宮沢賢治の代表的な童話作品。
繰り返し書き直され、生前は未発表に終わった。
(『倫理用語集』176ページ 『銀河鉄道の夜』 より)
仏教の信仰
さらに仏教を深く信仰していたことでも有名です。
両親とも熱心な仏教の信者で、賢治もおさないとき、両親のとなえるお経をそらでおぼえたりした。(中略)
上級に進んでからは仏教の本、とくに法華経*を読むようになった。
(『学習人物事典』452ページ より)
*法華経:正式名称は『妙法蓮華経』といわれる仏教の重要な経典の一つであり、シャカが亡くなる前の8年の間に説いていた教えをまとめたものだともいわれている
なお、盛岡高等農林学校卒業後は、日蓮宗を深く信仰するようになったといいます。
このころから賢治は日蓮宗を深く信仰するようになり、宗教に身をささげようとして1921(大正10)年に上京、「国柱会」という日蓮宗の会に入って活動した。
(『学習人物事典』453ページ より)
菜食主義者
(前略)また菜食主義者*となった。
(『学習人物事典』452、453ページ より)
*菜食主義者:いわゆる『ベジタリアン』のことで、動物性食品(肉や魚や卵など)を避けた食生活を送る人のこと
農民文化への関心
1924(大正13)年、詩集『春と修羅』、童話集『注文の多い料理店』を自費出版した賢治は、2年後の1926(大正15)年に農学校をやめ、農民のため肥料設計の相談や、新しい農民文化をつくりだすために全力をかたむけた。
「羅須地人協会」をつくって、農村青年のための農業化学や芸術の講義をしたりした。
(『学習人物事典』453ページ より)
農民芸術の提唱
その後、教職を辞して自ら農耕に従事し、農業と宗教・芸術の融合をめざす農民芸術を提唱(後略)
(『倫理用語集』175ページ 宮沢賢治 より)
作風
五感を刺激する世界観
児童文学の研究者:冨田 博之さんは、宮沢 賢治の作品の世界観を次のように表現なされています。
賢治の世界は、五感を刺激するんです。
音、光、色彩、匂い、そういうものにあふれている。
(『童話学がわかる』136ページ より)
オノマトペ
劇作家の如月小春さんは、宮沢 賢治の童話の魅力の一つに、『オノマトペ*』の存在を挙げられています。
(前略)賢治の童話の魅力に、オノマトペがある。
(『童話学がわかる』138ページ より)
*オノマトペ:『ワクワク』など、状態や動作などを言葉で表現したもの
『月夜のでんしんばしら』では、でんしんばしらの軍隊が月夜に行進する様子が、
「ドッテテ ドッテテ ドッテテド」
というオノマトペで表現されている。
また『貝の火』では、つりがねそうがならす朝の鐘の音が、
「カンカンカンカエコカンコカンコカン」
と表現されている。
『風の又三郎』では、この物語のいわば本当の主役である風の音が、歌詞としてこう表わされている。
「どっどど どどうど どどうどどどう」
(『童話学がわかる』138ページ より)
【『風の又三郎』で伝えたかったことを考察】あらすじ内容を簡単に要約【「どっどど」の意味の解説も】
如月さんはこのような宮沢 賢治のオノマトペについて、次のようにまとめています。
童話として子どもたちがこれら、賢治のオノマトペに触れた時、敏感に反応を返してくるのはむろんのことである。
それはいわば、子どもたちにとっては物語世界の入り口として誘い込まれずにはおられない魅力をたたえているのだ。
(『童話学がわかる』139ページ より)
科学からの視点
賢治は詩人・童話作家であるとともに、科学者でもあった。
のこされた400あまりの詩、100あまりの童話には、自然を冷静に見つめる科学者の目と、ゆたかな想像力がとけあって、ふしぎな明るさにみちている。
(『学習人物事典』453ページ より)
独特な世界
自然と交感する感受性と、『法華経』の思想を軸とした、独特な作品の世界をつくりあげた。
(『倫理用語集』175ページ 宮沢賢治 より)
名言
「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」
「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」という言葉は、宮沢 賢治が理想としていた幸福論を表す言葉です。
宮沢賢治が、羅須地人協会の理念として1926(昭和元)年に記した『農民芸術概論綱要』の中の言葉。
(『倫理用語集』175ページ 宮沢賢治 より)
この言葉は、個人の幸福が世界の幸福に包含されていることを意味しています。
宮沢賢治は、個人と社会を対立的なものとしてとらえる考え方を否定し、個人だけの幸福というものはありえず、世界の幸福が同時にその中の個々の幸福でもあるような世界を夢みた。
その実践が、農業が単なる生活のための手段となっている現状を批判し、労働と宗教・芸術の一体化をめざした農民芸術であった。
(『倫理用語集』175ページ 宮沢賢治 より)
評価
劇化される童話の豊富さ
さきほどもご紹介させていただいた劇作家の如月小春さんは、自身の経験から、宮沢 賢治の童話の、劇化作品の豊富さを次のように話して下さっています。
童話を原作として劇化される作品は無数にあるが、原作者を日本人に限定すると、これはもう圧倒的に、宮沢賢治が多い。
といっても別にきちんと統計をとって調べたわけではないのだが、児童劇の現場に関わっている者の一人として、これは実感以外の何ものでもない。
児童劇ばかりでなく、大人を対象とした劇にも、また映画やテレビドラマなどにも、賢治の童話を下敷きにしたもの、あるいはそれをモチーフにして自由に展開させたものなど、私自身が見たことのあるものだけでも相当の数にのぼるはずだ。
(『童話学がわかる』136ページ より)
如月さんはこの理由を、宮沢 賢治の童話が周知されていること、手に入りやすいといった事情に加え、童話自体に特色があるからだと考察。
それはさきほどの”五感を刺激する世界観”にも通ずることでした。
「『オツベルと象』が伝えたいことは何だったのか?」【考察と解説と解釈】
では、「本作:『オツベルと象』が伝えたいことは何だったのでしょう?」
参考文献を元に、3つのことを考察しました。
ーーーーー
注:ここからの情報は自分独自の考察に過ぎません。
間違っていないとは言い切れませんので、あくまで一つの参考にして下さいませ。
ーーーーー
<1>『搾取への反対』
まず一つ目は『搾取への反対』です。
前提として、”搾取”という言葉の意味は次の通りとなります。
生産手段が私有化されている社会において、支配階級(生産手段の所有者)が被支配階級による労働の成果をわがものにしてしまうこと。
(『倫理用語集』237ページ 搾取 より)
「わかりづらい…」と思った方もいるかもしれませんが、以下の画像が搾取の一例です。
本作では純粋な心を持つ白象が、オツベルに搾取されていく様子が描かれていました。
白象への仕事の負担が増えるにつれ、藁の量が減っていく描写などがそうです。
よって自分はこの『搾取への反対』が、本作が伝えたかったことの一つだと考察しました。
<2>『資本主義社会への反対』
またもっと広い視点で見れば、本作は『資本主義社会への反対』を伝えたかったのかもしれない…と考察することもできます。
さきほど搾取の意味をご紹介させていただきましたが、あれには以下の続きがあります。
生産手段が私有化されている社会において、支配階級(生産手段の所有者)が被支配階級による労働の成果をわがものにしてしまうこと。
資本主義社会においては、資本家が、賃金として支払った分をこえて労働者を働かせ、その超過分の成果を利潤として確保することをいう。
(『倫理用語集』237ページ 搾取 より)
上記の資本主義社会を絡めた解説は、白象とオツベルが生きる世界観にも通じていることだと自分は考えました。
以上が二つ目の考察です。
<3>『種差別への反対』
そして最後三つ目は、『種差別への反対』です。
つまり本作では、人間と動物を差別することへの反対意見が描かれていたということです。
なお、この『種差別への反対』については、オーストラリアの倫理学者:ピーター・シンガーの存在が有名です。
狭い工場内で飼育され、ただ太るために生きる肉用鶏や、機械のように妊娠・分娩・子の剝奪が繰り返される工場畜産の惨状を知り、種差別 speciesism①(人類は動物より優越的立場にあるから、動物の生命や尊厳を無視して、差別や搾取を繰り返してもよいとする態度)に反対して、ベジタリアンに転向した。
(『倫理用語集』304ページ ピーター=シンガー より)
本作では動物である白象が、人間のオツベルに苦しめられる様子が描かれていたとも見ることができます。
よってそのあらすじからは、
『どの種も平等であるべき』
『動物の命を軽く見ることへの警告』
といったメッセージが込められていたと自分は考えました。
ーーーーー
ちなみにこの『種差別への反対』が垣間見える作者の他作には、『注文の多い料理店』や『なめとこ山の熊』などがあります。
【『注文の多い料理店』が伝えたいことを考察】怖いあらすじ内容を短く簡単に【顔が戻らない理由】
「『なめとこ山の熊』で作者が伝えたいことは何か?」解説と考察と解釈【あらすじも簡単に要約】
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ベジタリアンへの転向
またさきほどご紹介させていただいた倫理学者:ピーター・シンガーは、この『種差別への反対』の結果、『ベジタリアン』へと転向するまでになったといいます。
お気づきの方もいるかもしれませんが、本作の作者:宮沢賢治も『ベジタリアン』でした。
(前略)また菜食主義者*となった。
(『学習人物事典』452、453ページ より)
*菜食主義者:いわゆる『ベジタリアン』のことで、動物性食品(肉や魚や卵など)を避けた食生活を送る人のこと
もちろんこれらの理由は、宮沢 賢治が本作で『種差別への反対』を伝えたかったと決定づけられるものではありません。
少なくとも自分は以上のことも、「もしかしたら…」と考えたまでです。
『オツベルと象』と学校教育
最後は童話:『オツベルと象』の学校教育にまつわる情報です。
中学1年生の教科書に掲載
まず本作は中学校1年生の教科書に掲載されたことがあるようです。
純真で素直な白象が、ずる賢いオツベルによって、純粋に働くことの喜びを失い、心身ともに傷ついていく姿が描かれている童話である。
中学一年生の教科書に採録され、授業では、次のような指導が行われた。
(『もう一度読みたい 教科書の泣ける名作 再び』183ページ オツベルとぞう より)
実際に行われた5つの指導例
なお、実際の学校教育の現場では、少なくとも次の5つの指導に結び付けられたことがあるといいます。
<1>牛飼いとオツベルの関係の変化を捉える
まず一つ目は、『本作の語り手である牛飼いと、オツベルの関係の変化を捉える』です。
中学一年生の教科書に採録され、授業では、次のような指導が行われた。
・牛飼いとオツベルの関係が、話の展開に沿ってどのように変化しているかとらえる。
(『もう一度読みたい 教科書の泣ける名作 再び』183ページ オツベルとぞう より)
<2>語り手である牛飼いがオツベルと白象をどう見ているかがわかる表現と変化に注目
二つ目は、『その牛飼いがオツベルと白象をどう見ているかがわかる表現に注目し、変化を捉える』です。
中学一年生の教科書に採録され、授業では、次のような指導が行われた。(中略)
・語り手である牛飼いが、オツベルと白象をどう見ているかがわかる表現に注目し、その変化をとらえる。
(『もう一度読みたい 教科書の泣ける名作 再び』183ページ オツベルとぞう より)
<3>白象の食べる藁の束の数の変化と白象の様子の変化を捉える
三つ目は、『白象の食べる藁の束の数の変化と、白象の様子の変化を捉える』です。
中学一年生の教科書に採録され、授業では、次のような指導が行われた。(中略)
・白象の食べるわらの束の数の変化と白象の様子の変化をとらえる。
(『もう一度読みたい 教科書の泣ける名作 再び』183ページ オツベルとぞう より)
<4>擬声語や擬態語、比喩などがどのように表現されているかに注目
四つ目は、『擬声語や擬態語、比喩などが、動きの激しさや勢いにどう使われ、表現されているかに注目』です。
中学一年生の教科書に採録され、授業では、次のような指導が行われた。(中略)
・擬声語や擬態語、比喩などの表現方法を使い、動きの激しさや勢いがどのように表現されているかに注目する。
(『もう一度読みたい 教科書の泣ける名作 再び』183ページ オツベルとぞう より)
<5>結末の白象の様子から心情を捉える
最後は『結末部分の白象の様子から、その心情を捉える』になります。
中学一年生の教科書に採録され、授業では、次のような指導が行われた。(中略)
・結末部分の白象の様子から、心情をとらえる。
(『もう一度読みたい 教科書の泣ける名作 再び』183ページ オツベルとぞう より)
【『オツベルと象』が伝えたいことの考察と解説と解釈】怖いあらすじ内容も簡単にまとめ
童話:『オツベルと象』には、純粋な心を持つ白象が、オツベルのずる賢さによって傷ついていく様子が描かれていました。
どこか現実社会の縮図のような作品だったと自分には見えました。