【『名作』一覧】童話や文学、戯曲など【海外と日本の有名作品集】
名作:『注文の多い料理店』をご紹介させていただきました。
あらすじは全文ふりがな付きで、読み聞かせができるようにまとめています。
一つの参考にして下さいませ。
- 全文ふりがな付きのあらすじ要約
- 作者紹介
- 考察:「伝えたいことは何だったのか?」
- 考察:「顔が戻らない理由とは?」
- 学校教育にまつわる情報
- 参考文献
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『注文の多い料理店』の怖いあらすじ内容を短く簡単に要約
まずはあらすじと作者紹介です。
物語:不気味な料理店の正体とは?
二人の若い紳士*が、ぴかぴかする鉄砲を担いで、白熊のような犬を二匹連れて、山奥を歩いておりました。
二人は猟をしていたのですが、獲物を仕留めることができていませんでした。
「ここらの山は怪しからんね。鳥も獣も一匹も居やがらん。なんでも構わないから、早くタンタアーンと、やって見たいもんだなあ」
「鹿の黄色な横っ腹なんぞに、二、三発お見舞いしたら、ずいぶん痛快だろうねえ。くるくる回って、それからどたっと倒れるだろうねえ」
それはものすごい山奥でした。
案内をしてくれていた人ともはぐれてしまい、その白熊のような犬は、泡を吹いて死んでしまいました。
二人はお腹が空いてきたので戻ろうとしましたが、道に迷ってしまいました。
風がどうと吹いてきて、草はざわざわ、木の葉はかさかさ、木はごとんごとんと鳴りました。
そのときふと後ろを見ると、立派な西洋*風の家があり、玄関には、
『西洋料理店 山猫軒』
という札が出ていました。
入口のガラスの扉には、金文字でこう書いてありました。
どなたもどうかお入りください
二人は喜んで中へ入りました。
そのガラスの扉の裏側には、金文字でこう書いてありました。
肥ったお方や若いお方は、大歓迎いたします
お腹の空いた二人は大喜びで中に入っていきます。
ずんずん廊下を進むと、今度も扉があって、黄色な字でこう書いてありました。
当軒は注文の多い料理店ですからどうかそこはご承知ください
二人は「なかなか流行ってるんだ。こんな山の中で」などと言いました。
さらに進んでいくと、また扉がありました。
そこには鏡とブラシが置いてあって、扉には赤い字でこう書いてありました。
髪の毛をきちんとして、靴の泥を落としてください
二人は「ずいぶん作法の厳しい家だ」などと言いました。
さらに扉を進むたびに指示が書いてありました。
鉄砲と弾をここに置いてください
帽子と外套*と靴をおとりください
二人は注文された通りに、鉄砲と弾を置き、帽子と外套と靴を脱ぎました。
扉の裏側には、こうも書いてありました。
金属類やとがったものは、すべてここに置いてください
壺の中のクリームを顔や手足に塗ってください
壺の中は、牛乳のクリームでした。
二人は眼鏡や財布を置いて、壺の中のクリームを、顔や手足に塗りました。
すると次の扉にはこう書いてありました。
料理はもうすぐできます
十五分とお待たせはいたしません
すぐ食べられます
早くあなたの頭に瓶の中の香水をよく振りかけてください
二人は酢のような匂いのする香水を頭へ振りかけました。
そして最後の注文はこうでした。
体中に塩をよくもみ込んでください
「どうもおかしいぜ」
二人はハッと気づきます。
この料理店は客に食べさせるのではなく、来た人を料理して食べる料理店だったのです。
「つ、つ、つ、つまり、ぼ、ぼ、僕らが……」
二人はがたがた震え出し、泣き出しました。
奥にはまだ扉があって、こう書いてありました。
さあさあおなかにお入りください
扉の鍵穴からは、きょろきょろ二つの青い目玉がこっちをのぞいています。
中からは声が聞こえました。
「おい、お客さん方、早くいらっしゃい。親方がナイフを持って、舌なめずりして待っています」
二人はあんまり心を痛めたために、顔がくしゃくしゃの紙くずのようになり、声もなく泣き続けました。
そのとき後ろからいきなり、「わん、わん、ぐゎあ」という鳴き声を立てながら、死んだはずのあの白熊のような犬が二匹、飛び込んできました。
犬たちは扉に飛びつき、向こうの部屋に入っていきます。
すると扉の向こうの暗闇で、「にゃあお、くゎあ、ごろごろ」という奇妙な声がして、建物は煙のように消えました。
二人は草の中に立っていました。
風がどうと吹いてきて、草はざわざわ、木の葉はかさかさ、木はごとんごとんと鳴りました。
その後、二人は無事に帰りました。
しかし、恐怖でくしゃくしゃになった二人の顔だけは、もう元には戻りませんでした。
(おわり)
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[用語の説明]
*紳士:上流階級の男性のこと
*西洋:ヨーロッパやアメリカのこと
*外套:寒さや雨を防ぐために着る上着(コート)のこと
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作者:宮沢賢治
作者:宮沢賢治(1896~1933年)
現在の岩手県花巻市出身の童話作家であり詩人。
教員を経た後、農民の生活向上に尽力しながら、童話や詩を書き続けました。
本作:『注文の多い料理店』は1924年に発表されています。
宮沢賢治の生前に出版された唯一の童話集『注文の多い料理店』の、表題作である。
(『もう一度読みたい 教科書の泣ける名作』78ページ 注文の多い料理店 より)
(前略)童話集『注文の多い料理店』を自費出版した。
(『倫理用語集』175ページ 宮沢賢治 より)
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岩手県の花巻町(現在の花巻市)に生まれた後、14歳で盛岡中学校に入学。
その頃には短歌を創作し始めています。
(前略)また登山や植物・鉱物の採集に熱中した。
(『学習人物事典』452ページ より)
中学を卒業後は盛岡高等農林学校に入学。
在学しながら童話を書き始めました。
その後、盛岡高等農林学校を卒業後は、同校の研究生として残り、郷土の土性調査を行います。
童話の創作は後述した『国柱会』に入会後も続けていました。
そのかたわら詩を書き、たくさんの童話を書いた。
今日のこされている賢治の童話の大部分は、このころに書かれたり、構想がねられたものが多い。
(『学習人物事典』453ページ より)
作品
その他の代表作の一部
生前に刊行されたのは2作品のみだった
宮沢 賢治は数多くの作品を世に送り出していますが、彼の生前に刊行された作品は2作品のみでした。
三十七歳で亡くなるまでに、「グスコーブドリの伝記」、「セロひきのゴーシュ」など、数多くの作品を残した。
しかし生前に刊行されたのは、詩集『春と修羅』と、「イーハトヴ童話」の副題がついた童話集『注文の多い料理店』という、二作品のみだった。
なお「イーハトヴ」とは賢治の造語で、岩手県のこと。
有名な詩「雨ニモマケズ」は、賢治の死後、手帳から発見された。
(『もう一度読みたい 教科書の泣ける名作』38ページ 宮沢賢治 より)
生前はほとんど無名だったが、死後、『銀河鉄道の夜』『風の又三郎』『グスコーブドリの伝記』など、イーハトーヴ(国際共通語として提唱されたエスペラント語的な岩手の表記)童話と呼ばれる一連の作品が高く評価されるようになった。
(『倫理用語集』175ページ 宮沢賢治 より)
人物
推敲の徹底
また宮沢 賢治は自身の作品を徹底して推敲*することでも知られていました。
*推敲:自分で書いた文章を読み返し、練り直すこと
徹底的に推敲を重ねることでも知られ、代表作の一つである「銀河鉄道の夜」には、一次稿から四次稿までが存在する。
(『もう一度読みたい 教科書の泣ける名作』38ページ 宮沢賢治 より)
宮沢賢治の代表的な童話作品。
繰り返し書き直され、生前は未発表に終わった。
(『倫理用語集』176ページ 『銀河鉄道の夜』 より)
仏教の信仰
さらに仏教を深く信仰していたことでも有名です。
両親とも熱心な仏教の信者で、賢治もおさないとき、両親のとなえるお経をそらでおぼえたりした。(中略)
上級に進んでからは仏教の本、とくに法華経*を読むようになった。
(『学習人物事典』452ページ より)
*法華経:正式名称は『妙法蓮華経』といわれる仏教の重要な経典の一つであり、シャカが亡くなる前の8年の間に説いていた教えをまとめたものだともいわれている
なお、盛岡高等農林学校卒業後は、日蓮宗を深く信仰するようになったといいます。
このころから賢治は日蓮宗を深く信仰するようになり、宗教に身をささげようとして1921(大正10)年に上京、「国柱会」という日蓮宗の会に入って活動した。
(『学習人物事典』453ページ より)
菜食主義者
(前略)また菜食主義者*となった。
(『学習人物事典』452、453ページ より)
*菜食主義者:いわゆる『ベジタリアン』のことで、動物性食品(肉や魚や卵など)を避けた食生活を送る人のこと
農民文化への関心
1924(大正13)年、詩集『春と修羅』、童話集『注文の多い料理店』を自費出版した賢治は、2年後の1926(大正15)年に農学校をやめ、農民のため肥料設計の相談や、新しい農民文化をつくりだすために全力をかたむけた。
「羅須地人協会」をつくって、農村青年のための農業化学や芸術の講義をしたりした。
(『学習人物事典』453ページ より)
農民芸術の提唱
その後、教職を辞して自ら農耕に従事し、農業と宗教・芸術の融合をめざす農民芸術を提唱(後略)
(『倫理用語集』175ページ 宮沢賢治 より)
作風
五感を刺激する世界観
児童文学の研究者:冨田 博之さんは、宮沢 賢治の作品の世界観を次のように表現なされています。
賢治の世界は、五感を刺激するんです。
音、光、色彩、匂い、そういうものにあふれている。
(『童話学がわかる』136ページ より)
オノマトペ
劇作家の如月小春さんは、宮沢 賢治の童話の魅力の一つに、『オノマトペ*』の存在を挙げられています。
(前略)賢治の童話の魅力に、オノマトペがある。
(『童話学がわかる』138ページ より)
*オノマトペ:『ワクワク』など、状態や動作などを言葉で表現したもの
『月夜のでんしんばしら』では、でんしんばしらの軍隊が月夜に行進する様子が、
「ドッテテ ドッテテ ドッテテド」
というオノマトペで表現されている。
また『貝の火』では、つりがねそうがならす朝の鐘の音が、
「カンカンカンカエコカンコカンコカン」
と表現されている。
『風の又三郎』では、この物語のいわば本当の主役である風の音が、歌詞としてこう表わされている。
「どっどど どどうど どどうどどどう」
(『童話学がわかる』138ページ より)
【『風の又三郎』で伝えたかったことを考察】あらすじ内容を簡単に要約【「どっどど」の意味の解説も】
如月さんはこのような宮沢 賢治のオノマトペについて、次のようにまとめています。
童話として子どもたちがこれら、賢治のオノマトペに触れた時、敏感に反応を返してくるのはむろんのことである。
それはいわば、子どもたちにとっては物語世界の入り口として誘い込まれずにはおられない魅力をたたえているのだ。
(『童話学がわかる』139ページ より)
科学からの視点
賢治は詩人・童話作家であるとともに、科学者でもあった。
のこされた400あまりの詩、100あまりの童話には、自然を冷静に見つめる科学者の目と、ゆたかな想像力がとけあって、ふしぎな明るさにみちている。
(『学習人物事典』453ページ より)
独特な世界
自然と交感する感受性と、『法華経』の思想を軸とした、独特な作品の世界をつくりあげた。
(『倫理用語集』175ページ 宮沢賢治 より)
名言
「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」
「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」という言葉は、宮沢 賢治が理想としていた幸福論を表す言葉です。
宮沢賢治が、羅須地人協会の理念として1926(昭和元)年に記した『農民芸術概論綱要』の中の言葉。
(『倫理用語集』175ページ 宮沢賢治 より)
この言葉は、個人の幸福が世界の幸福に包含されていることを意味しています。
宮沢賢治は、個人と社会を対立的なものとしてとらえる考え方を否定し、個人だけの幸福というものはありえず、世界の幸福が同時にその中の個々の幸福でもあるような世界を夢みた。
その実践が、農業が単なる生活のための手段となっている現状を批判し、労働と宗教・芸術の一体化をめざした農民芸術であった。
(『倫理用語集』175ページ 宮沢賢治 より)
評価
劇化される童話の豊富さ
さきほどもご紹介させていただいた劇作家の如月小春さんは、自身の経験から、宮沢 賢治の童話の、劇化作品の豊富さを次のように話して下さっています。
童話を原作として劇化される作品は無数にあるが、原作者を日本人に限定すると、これはもう圧倒的に、宮沢賢治が多い。
といっても別にきちんと統計をとって調べたわけではないのだが、児童劇の現場に関わっている者の一人として、これは実感以外の何ものでもない。
児童劇ばかりでなく、大人を対象とした劇にも、また映画やテレビドラマなどにも、賢治の童話を下敷きにしたもの、あるいはそれをモチーフにして自由に展開させたものなど、私自身が見たことのあるものだけでも相当の数にのぼるはずだ。
(『童話学がわかる』136ページ より)
如月さんはこの理由を、宮沢 賢治の童話が周知されていること、手に入りやすいといった事情に加え、童話自体に特色があるからだと考察。
それはさきほどの”五感を刺激する世界観”にも通ずることでした。
「『注文の多い料理店』が伝えたいことは何だったのか?」【考察】
では、「本作:『注文の多い料理店』が伝えたいことは何だったのでしょうか?」
参考文献を元に、考察しました。
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注:ここからの情報は自分独自の考察に過ぎません。
間違っていないとは言い切れませんので、あくまで一つの参考にして下さいませ。
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『種差別への反対』
結論からいうと、本作は『種差別への反対』を伝えたかったのでは…と自分は考察しました。
つまり本作では、人間と動物を差別することへの反対意見が描かれていたということです。
なお、この『種差別への反対』については、オーストラリアの倫理学者:ピーター・シンガーの存在が有名です。
狭い工場内で飼育され、ただ太るために生きる肉用鶏や、機械のように妊娠・分娩・子の剝奪が繰り返される工場畜産の惨状を知り、種差別 speciesism①(人類は動物より優越的立場にあるから、動物の生命や尊厳を無視して、差別や搾取を繰り返してもよいとする態度)に反対して、ベジタリアンに転向した。
(『倫理用語集』304ページ ピーター=シンガー より)
本作では動物を殺す猟をしていた二人の紳士が、自身が殺される(食べられる)ことを知り、絶望する様子が描かれていました。
よってそのあらすじからは、
『どの種であっても命の重さは変わらない』
『動物の命を軽く見ることへの警告』
のようなメッセージが込められていたと自分は考えました。
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ちなみにこの『種差別への反対』が垣間見える作者の他作には、『なめとこ山の熊』や『オツベルと象』などがあります。
「『なめとこ山の熊』で作者が伝えたいことは何か?」解説と考察と解釈【あらすじも簡単に要約】
「『オツベルと象』が伝えたいことは何だったのか?」考察と解説と解釈【怖いあらすじ内容も簡単に】
本作の方が、人間が自身を特別視する傲慢さが強調されてはいるものの、いくつか類似点がある作品であるように自分は思いました。
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ベジタリアンへの転向
またさきほどご紹介させていただいた倫理学者:ピーター・シンガーは、この『種差別への反対』の結果、『ベジタリアン』へと転向するまでになったといいます。
お気づきの方もいるかもしれませんが、本作の作者:宮沢賢治も『ベジタリアン』でした。
(前略)また菜食主義者*となった。
(『学習人物事典』452、453ページ より)
*菜食主義者:いわゆる『ベジタリアン』のことで、動物性食品(肉や魚や卵など)を避けた食生活を送る人のこと
もちろんこれらの理由は、宮沢 賢治が本作で『種差別への反対』を伝えたかったと決定づけられるものではありません。
少なくとも自分は以上のことも、「もしかしたら…」と考えたまでです。
「『注文の多い料理店』で二人の顔が戻らない理由とは?」【最後の解釈を考察】
本作:『注文の多い料理店』に登場した二人は、恐怖のあまりに顔がくしゃくしゃになりました。
そしてその顔は最後まで決して元に戻ることはなかったといいます。
ここではその、
「顔が戻らなかった理由とは何か?」
を考察しました。
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注:繰り返しになりますが、ここからの情報も自分独自の考察に過ぎません。
間違っていないとは言い切れませんので、あくまで一つの参考にして下さいませ。
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<1>あまりにも大きなショックの影響
まず考えられる一つ目の理由は、『あまりにも大きなショックの影響』です。
つまり受け入れられるショックの限界を超えてしまったため、顔が戻らなくなってしまったという考えになります。
ショックの影響で一気に白髪になってしまった、一気に老け込んでしまった…などといった描写は、マンガなどでも目にしたことがある方もいるかもしれません。
もちろんそれらのことが現実にあり得るかはわかりません。
とはいえ、本作もそれと似た表現が使われていたという考察です。
<2>戻らない=取り返しがつかない
そして二つ目の理由は、『顔が戻らない=取り返しがつかない』という可能性です。
繰り返す通り、本作に登場した二人は動物を殺す猟をしていました。
そして当然ながら、二人に殺された動物たちは元に戻る(生き返る)ことはありません。
つまりそれほど重大な罪を二人は犯していた…というメッセージを、顔が戻らないことに反映させたという考察です。
さきほど自分がお伝えさせていただいた『種差別への反対』とも通ずることになります。
『注文の多い料理店』と学校教育
最後は本作:『注文の多い料理店』の学校教育にまつわる情報です。
小学5年生の教科書に掲載
まず本作は小学校5年生の教科書に掲載されたことがあるようです。
小学五年生の教科書に採録された。
(『もう一度読みたい 教科書の泣ける名作』78ページ 注文の多い料理店 より)
実際に行われた指導例:『物語の面白い部分の話し合わせや朗読』
なお、実際の学校教育の現場では、本作は『物語の面白い部分の話し合わせや、物語の情景や人物の心情を想像しながらの朗読』といった指導に結び付けられたことがあるようです。
授業では、物語のおもしろい部分を話し合わせたり、物語の情景や人物の心情を想像しながら朗読させたりといった指導が行われた。
(『もう一度読みたい 教科書の泣ける名作』78ページ 注文の多い料理店 より)
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完全に余談ですが、個人的に本作は不気味さや怖さを感じるあらすじでした。
そのため、上記の指導例で”面白い”部分に着目していることを知って、
「ああ、自分はひねくれているのかも…」
などと思いました。苦笑
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【『注文の多い料理店』が伝えたいことを考察】怖いあらすじ内容を短く簡単に【顔が戻らない理由】まとめ
本作:『注文の多い料理店』は、
“人は動物たちと、ともに生きている”
そんな当たり前でありながらも、どこか見落としがちであるようなことを強く意識させられる作品だった…と自分は思いました。
皆さんはどう考えるでしょう。