『蜘蛛の糸』のあらすじを簡単に短く要約「童話が伝えたいことは何だったのか?」

蜘蛛の巣

名作童話:『蜘蛛の糸』のご紹介です。

あらすじは読み聞かせができるようにまとめています。参考にして下さいませ。

このページでわかること
  1. 蜘蛛の糸のあらすじ要約
  2. 「伝えたいことは何だったのか?」
  3. 参考文献

『蜘蛛の糸』のあらすじを簡単に短く要約

あらすじと作者紹介です。

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物語:悪人に差し伸べられた救いの糸

蜘蛛と糸と

あるあさのことでございます。

釈迦しゃかさまは、極楽ごくらくにあるはすいけを、のぞんでいました。

そこには地獄じごくがあるのです。

地獄

そこでお釈迦しゃかさまは、その地獄じごくなかに、犍陀かんだというおとこがいるのをつけました。

この犍陀かんだというおとこは、地獄じごくちるまえひところしたり、いえをつけたりした大泥棒おおどろぼうでした。

しかし、そんな犍陀かんだにも、かつてひとつだけ、いことをした経験けいけんがありました。

 

それはあるのことです。

はやしなかにいた犍陀かんだは、そこで足元あしもとにいた一匹いっぴきちいさな蜘蛛くもつけます。

みつぶそうとした犍陀かんだでしたが、つぎのようにかんがえておもいとどまりました。

 

ちいさいものにもいのちがある。そのいのちをむやみにるのは、いくらなんでもかわいそうだ」

 

犍陀かんだは、その蜘蛛くもがしたのです。

釈迦しゃかさまは、そのことをっていました。

そのため、お釈迦しゃかさまは、犍陀かんだいことをしたむくいとして、犍陀かんだ地獄じごくからたすしてあげようとかんがえます。

釈迦

そこでお釈迦しゃかさまは、ちかくにいた蜘蛛くもり、そのいと地獄じごくそこへとらしました。

地獄じごくほか罪人ざいにんと、もがいていた犍陀かんだは、てんじょうかられてきたそのいとつけます。

「これをのぼっていけば、地獄じごくからせる…!」

そうかんがえた犍陀かんだは、とてもよろこびました。

さっそく犍陀かんだは、その蜘蛛くもいとをしっかりとりょうでつかみながら、一生いっしょう懸命けんめいうえうえへとのぼりはじめます。

 

極楽ごくらくまでのなが距離きょりをのぼっていくちゅう犍陀かんだつかれて、一休ひとやすみをしました。

そのとき、犍陀かんだはふとしたおどろきます。

 

なんと、とてつもない人数にんずう罪人ざいにんたちが、おな蜘蛛くもいとをつかみながら、うしろからよじのぼってるではありませんか。

もしちゅう蜘蛛くもいとがそのおもさにえられずにれてしまったら、自分じぶんまでもが、もと地獄じごくちてしまいます。

あわてた犍陀かんだ大声おおごえさけびます。

 

「コラ!罪人ざいにんども!!この蜘蛛くもいとおれものだぞ!りろ!りろ!!」

 

するとそのしゅんかんです。

蜘蛛くもいとは、犍陀かんだがつかんでいたところから、プツンとれてしまいました。

犍陀かんだふたたくら地獄じごくそこへ、さかさまにちていきました。

あとにはただ蜘蛛くもいとがキラキラとひかり、みじかれているばかりです。

 

釈迦しゃかさまは、極楽ごくらくからその一部いちぶ始終しじゅうをじっとていらっしゃいましたが、最後さいごかなしそうなかおをなさりながら、そのはなれていきました。

極楽ごくらくはすはななにわらず、かおりが、あたりへあふれております。

極楽ごくらくはもうひるちかくなったのでしょう。

(おわり)

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用語ようご説明せつめい

※お釈迦しゃかさま釈迦しゃか紀元きげんぜん5世紀せいきごろ)のことであり、ぶっきょう開祖かいそ

極楽ごくらくほとけしんじたひと死後しごむかえられるという、くるしみのない世界せかいのこと

はすどろなかからえ、うつくしいはなかせるしょくぶつのこと

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作者:芥川龍之介

芥川龍之介

作者:芥川あくたがわ龍之介りゅうのすけ(1892~1927年)

現在の東京都中央区で生まれた後、自身の作品『鼻』を夏目なつめ漱石そうせきに認められて作家となる。

『羅生門』や『河童』など、数多くの代表作を次々と世に送り出し、大正時代を代表する作家として活躍しました。

芥川賞』は、そんな芥川の功績を記念してつくられた文学賞です。

1918年に発表された本作『蜘蛛の糸』は、芥川がはじめて書いた児童向けの文学作品となります。

なお、芥川の作品には、短編小説が多いことが特徴的です。

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「『蜘蛛の糸』が伝えたいことは何だったのか?」

最後は「作者:芥川龍之介が『蜘蛛の糸』で伝えたいことは何だったのか?」についてです。

あくまで一つの考察になりますが、物語への理解を深める参考にしていただければと思います。

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『因果応報』

作者の芥川は、おそらく『因果いんが応報おうほう』に近い教訓を、蜘蛛の糸を通じて伝えたかったのだろうと考察します。

【『因果応報』とは?】

『良い行いをすれば良い報いがあり、悪い行いをすれば悪い報いがある』という意味の言葉

なぜなら、この因果応報は元々、仏教用語ですが、蜘蛛の糸の世界観も仏教的な要素が強いからです。

 

また繰り返す通り、蜘蛛の糸は作者の芥川が生涯ではじめて書いた児童向けの文学作品です。

児童を対象とした作品であったことも、因果応報のような、道徳的な人間の本質を伝えたかった理由として考察できます。

 

さらに物語の最後では、お釈迦様が、犍陀多が再び地獄に落ちたことを見て、悲しむ様子が描写されています。

これもおそらく犍陀多がかつて蜘蛛に見せた思いやりの心を、お釈迦様は地獄の窮地においても見せて欲しかったのだと思います。

よってもし犍陀多が自己中心的でなく、他の罪人のことを思いやる行動をとっていれば、蜘蛛の糸は決して切れることはなかったのかもしれません。

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『蜘蛛の糸』のあらすじを簡単に短く要約「童話が伝えたいことは何だったのか?」まとめ

『因果応報』について考えさせられる、道徳の教材になり得るような物語でした。

いつの時代にも、誰にとっても教訓になる面があるともいえるのかもしれません。

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参考文献

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