【『名作』一覧】童話や文学、戯曲など【海外と日本の有名作品集】
名作:『あどけない話』をご紹介させていただきました。
全文ふりがな付きでまとめています。
一つの参考にして下さいませ。
- 全文ふりがな付きの作品内容
- 作者紹介
- 解釈
- 参考文献
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『あどけない話』の内容
まずは詩の内容と作者紹介です。
ほんとの空
智恵子*は東京に空が無いという、
ほんとの空が見たいという。
私は驚いて空を見る。
桜若葉の間に在るのは、
切っても切れない
むかしなじみのきれいな空だ。
どんよりけむる地平のぼかしは
うすもも色の朝のしめりだ。
智恵子は遠くを見ながら言う。
阿多多羅山*の山の上に
毎日出ている青い空が
智恵子のほんとの空だという。
あどけない空の話である。
(おわり)
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[用語の説明]
*智恵子:本作の作者である高村光太郎の妻の名前
詩に出てくる「智恵子」は、光太郎の妻、高村智恵子である。
(『もう一度読みたい 教科書の泣ける名作 再び』162ページ より)
*阿多多羅山:智恵子の故郷の福島県にある山
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作者:高村光太郎
作者:高村光太郎(1883~1956年)
現在の東京都出身の詩人であり彫刻家であり歌人。
本名光太郎。
(『学習人物事典』260ページ より)
本作:『あどけない話』は、光太郎の詩集:『智恵子抄*』に収められています。
*智恵子抄:1941年に出版された光太郎の詩集。妻である智恵子の生前や死後に思い出をつづった29編の詩や、6首の短歌、3編の散文が収められている
いずれも愛妻智恵子に対する深い愛情につらぬかれ、読む者に強い感動をあたえる。
(『学習人物事典』261ページ 智恵子抄 より)
作者のその他の代表作には『レモン哀歌』や『道程』、『冬が来た』など多数。
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東京に、有名な彫刻家であった高村光雲の長男として生まれた。
光太郎も将来は、彫刻家となることが求められていた。
(『もう一度読みたい 教科書の泣ける名作 再び』162ページ より)
*高村光雲:光太郎の父。東京上野公園の『西郷隆盛像』などの代表作がある彫刻家
その後、父に木彫*を学んだ光太郎は、東京美術学校(現在の東京芸術大学美術学部の前身)の彫刻科に入学。
*木彫:木材に彫刻すること
文学へ興味を持ち始めたのは、この大学在学中からだったとされています。
また、このころロダン*の彫刻『考える人』の写真をみて大いに感銘を受けた。
1906(明治39)年アメリカ合衆国へわたって、ニューヨークで彫刻家荻原守衛*と親交をむすぶ。
その後ロンドン、パリと3年間の留学ののち帰国、その間にロダンから大きなえいきょうを受けた。
(『学習人物事典』260、261ページ より)
*ロダン:近代彫刻の基礎を築いたフランス最大の彫刻家
*荻原守衛:日本における近代彫刻の道を開いた彫刻家
帰国後すぐ、わかい芸術家たちの集まりであった〈パンの会〉に参加して、きまりや道徳にしばられない気ままな生活を送った。
(『学習人物事典』261ページ より)
転機:智恵子との結婚
1914(大正3)年、長沼智恵子との結婚を転機として、人間の自由やとうとさをうたう詩人として再出発し、詩集『道程』(1914年)から、『智恵子抄*』につづくさまざまな作品を通じて、その人生態度を深めていった。
(『学習人物事典』261ページ より)
以下再掲。
*智恵子抄:1941年に出版された光太郎の詩集。妻である智恵子の生前や死後に思い出をつづった29編の詩や、6首の短歌、3編の散文が収められている
いずれも愛妻智恵子に対する深い愛情につらぬかれ、読む者に強い感動をあたえる。
(『学習人物事典』261ページ 智恵子抄 より)
活躍:多彩な才能
『道程』、『智恵子抄』などの詩集から、詩人としてのイメージが最も強いと思われる。
その一方で、歌集も出版され、随筆や美術に関する評論も著している。
(『もう一度読みたい 教科書の泣ける名作 再び』162ページ より)
繰り返しになりますが、彫刻家としても活躍しました。
(前略)青森県の十和田湖畔にある「乙女の像」など、有名な彫刻も残している。
(『もう一度読みたい 教科書の泣ける名作 再び』162ページ より)
なお、『乙女の像』は、青森県からの依頼により制作された像になります。
思想:人道主義
『智恵子抄』で有名な人道主義の詩人。
(『学習人物事典』260ページ より)
学生時代から文芸雑誌『明星』に短歌などを発表していたが、このころから詩作を始め、感覚や官能を強調する退廃的な詩を多く書いた。
やがて白樺派(人道主義や理想主義をとなえて、大正期に活やくした文学者グループ)の文学者と交流するうちに、理想主義(現実をこえて、真理と美を追求しようとする態度)にかたむいていった。
(『学習人物事典』261ページ より)
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なお、この人道主義の立場に立つ作家には、ロシアの文豪:レフ・トルストイなどの存在が知られています。
人間主義・人道主義などと訳される。(中略)
20世紀のヒューマニズムは、暴力・束縛・疎外・抑圧・不正などといった非人間的な状況に対して、人間性の擁護と解放を掲げて闘う思想や運動をさす。
現代ヒューマニズムの立場にたつ代表者として、トルストイ・ロマン=ロラン・シュヴァイツァー・ガンディーなどがあげられる。
(『倫理用語集』263ページ ヒューマニズム(人道主義) より)
トルストイの思想は、ガンディーやロマン=ロラン、日本の白樺派同人など、世界の多くの人々に大きな影響を与えた。
(『倫理用語集』263ページ トルストイ より)
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『あどけない話』の解釈
本作:『あどけない話』にまつわる解釈です。
作者の妻:智恵子の思い出を描写
まず本作は作者である高村光太郎が、亡くなった妻:智恵子の思い出を詩にした作品です。
詩に出てくる「智恵子」は、光太郎の妻、高村智恵子である。
(『もう一度読みたい 教科書の泣ける名作 再び』162ページ より)
本作には、空を通じて智恵子が故郷:福島県へ思いを馳せる様子が描写されていました。
なお、本作が収められた『智恵子抄』は、作者が妻の死後30年にわたって書いた詩集となっています。
高村光太郎の詩集。1941(昭和16)年刊。
「あどけない話」「レモン哀歌」など、妻智恵子の生前や死後に思い出をつづった詩29編のほか、短歌6首、散文3編がおさめられている。
(『学習人物事典』261ページ 智恵子抄 より)
そこには作者の智恵子への思いがつづられていました。
いずれも愛妻智恵子に対する深い愛情につらぬかれ、読む者に強い感動をあたえる。
(『学習人物事典』261ページ 智恵子抄 より)
【『あどけない話』の解釈】高村光太郎【智恵子抄】まとめ
本作:『あどけない話』には、作者の妻:智恵子の空にまつわる思い出が描かれていました。