【『思考実験』一覧】怖い9例&面白い10例を超厳選【クイズ形式でわかるパラドックスの世界】
思考実験:『トロッコ問題』についてまとめました。
- 『トロッコ問題』の問題文
- 2つの選択肢とその考察
- 選ばれやすい回答の傾向
- 脳科学研究のご紹介
- サンデル教授の講義動画
- 参考文献
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注:このページには命の選別を推奨する意図は一切ありません。
あくまで思考実験を題材に、倫理などへの理解を深めるフィクションであると捉えて下さい。よろしくお願い致します。
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トロッコ問題の問題文
それではトロッコ問題の概要や状況、そこで問われる問題についてご紹介させていただきます。以下はイラストによるイメージ図です。
1967年に哲学者:フィリッパ・フットが提示した問題
トロッコ問題は1967年にイギリスの哲学者:フィリッパ・フットが提示しました。フットは倫理学者としても有名です。
ここでご紹介するのもそんなフットのトロッコ問題を中心としています。
それでは以下からがその問題文です。
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[問題文]
列車が猛スピードで突進してきます。
どうやらブレーキが故障しているようで、明らかに異常なスピードです。
その列車の進行方向には、線路で作業をしていた作業員5人の姿があります。
作業員たちは全員が線路に拘束された状態です。身動きは一切とれません。
そのため、このままだと列車との激突は避けられず、その作業員たちは5人全員が”確実に”命を落とします。
ところが、線路脇にいた“あなた”の目の前には、線路を切り替えられるレバーがあります。
レバーを動かせば、列車が走る線路は切り替わり、作業員5人の命は助かります。
しかし、その切り替わった線路の先には、別の作業員1人の姿があります。
そのため、レバーを動かすと、作業員5人全員が確実に助かる代わりに、別の作業員1人が”確実に”命を落とすことになります。
なお、その別の作業員1人も他の作業員と同様、線路に拘束され、身動きがとれない状態です。
では、問題です。
「あなたはレバーを動かしますか?それとも動かさないでしょうか?」
以上がフットのトロッコ問題で問われている問題になります。
なお、この思考実験を考えるに当たっては、以下5つの前提を踏まえたうえで回答する必要があります。
[前提1]絶対の正解は存在しない
まずこれはトロッコ問題に限ったことではありませんが…このトロッコ問題に絶対の正解は存在しません。
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とはいえ、これについては問題をどんな側面から、どんな立場から見るかなどによって、最適解のようなものは存在するのかもしれません。
しかし、ここではトロッコ問題を通じて個々が純粋に思考や考察を深めることを目的としているため、絶対の正解はないものとして仮定するものとします。ご承知おき下さいませ。
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[前提2]二択以外の選択肢は存在しない
そしてこのトロッコ問題の回答は、二択以外の選択肢はありません。
答えるべきは、”レバーを動かすか否かのみ”です。
つまり『作業員に危険を知らせる』とか『脱線などの方法で列車を止める』などといった二択以外の回答はすべてNGとなります。言うまでもなく『自分が犠牲になる』、『線路に自分が飛び込む』という回答もNGです。
[前提3]6人とは一切面識がない
またあなたはトロッコ問題に登場する6人全員と一切面識がないものと仮定します。
[前提4]6人には何の罪もない
6人全員は何の罪も犯していません。これも仮定の一つです。
[前提5]列車の走行方向の線路上の作業員は”確実に全員が”命を落とす
最後は問題文でも強調しましたが、列車の走行方向の線路上にいる人は、例外なく”確実に全員が”命を落とすものと仮定します。
よって列車が5人がいる線路上を走行した場合はその5人全員が例外なく命を落とし、1人の場合も同様です。
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トロッコ問題の各回答から考察できること
繰り返す通り、あくまでここではトロッコ問題に絶対の正解はないと仮定しています。
ですが、各回答から考察できることは数多く、そのことがこの思考実験の意義の一つでもあります。
そこでここでは考え得るそのいくつかの考察を一覧にしましたので、ご自身が選んだ回答などと照らしながら、思考を整理する一助としていただければ幸いに思います。
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注:ここでの考察は主に参考文献を元にしていますが、当サイトの運営者である自分の見解も含まれます。
あくまで一つの参考として下さいませ。
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<回答1>『レバーを動かす』という選択
まずは『レバーを動かす』という選択です。
この選択肢を選んだ背景には、次のことが考察できるかもしれません。
「多数派を救うべき」という考え
「多数派を救うべき」という考えが働いたとする考察です。
残酷な言い方に聞こえるかもしれませんが…作業員5人の命を、別の1人の命よりも優先した大局的な意思決定が働いていたのかもしれないということです。
「傍観者であることは無責任」という考え
「傍観者であることは無責任」という考えが働いた可能性もあります。
つまりレバーを動かさなかったあなたは一連の出来事の傍観者となり得るため、レバーを動かす動機に少なからずつながった…とする考えです。
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(とはいえ、これについては『レバーを動かさない』という行為も『選択しないという選択をした』と考えられるのかもしれませんが…)
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「本来”安全だった”別の作業員1人を犠牲者に巻き込んだ」という考え
よりネガティブな見方をするなら、レバーを動かすことは、「本来”安全だった”はずの作業員1人を犠牲者に巻き込んだ」という考えもできます。
レバーを動かすことは、傍観者ではなく人の”死”に積極的に関わることを意味するため、その責任があるとする考えです。
<回答2>『レバーを動かさない』という選択
続いては『レバーを動かさない』という選択です。『何もしない』という選択もこれに含まれます。
この選択肢を選んだ背景には、次のような考察ができるかもしれません。
「最後までどうするべきか決められなかった…」という考え
「最後までどうするべきか決められず…レバーを動かせなかった」という考えです。
人によっては消極的な印象を受けるかもしれませんが…トロッコ問題は”命を天秤にかける”側面がある思考実験です。
この問題に真剣に向き合えば向き合うほど、結果として『何もしない』ことになる方がいるのは何もおかしいことではありません。
「人の命に貴賤はない」という考え
「人の命に貴賤はない」という考えです。
つまり命の価値は作業員の数によって変わるものではないため、レバーを動かす意義を見出せなかったとする考えです。
大局的な意思決定とは異なる考えともいえるのかもしれません。
【類似問題】トロッコ問題の類題(太った人のケース)
ここまでの問題などを目にした方のなかには、「自分が知っているトロッコ問題とは違う…」と思った方がいたかもしれません。
それもそのはずでトロッコ問題には、現在までに様々なシナリオやバリエーションが派生しているからです。
シナリオ別でいうなら、なかでも『大男のケース』(太った人とも呼ばれる)はとても有名な類似問題です。以下はイラストによるそのイメージ図です。
この『大男のケース』も広くいえばトロッコ問題の一つとなるため、この問題自体を単独で考えるのも意義あることだと思います。
とはいえ、個人的には、さきほどまでにご紹介したトロッコ問題と合わせて考えると、より価値があることだと思っています。
それでは、ここからは参考までにこの『大男のケース』についてご紹介させていただきます。
以下からがその問題文です。
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[問題文]
列車が猛スピードで暴走しています。
その線路上の橋の上にいるあなたは、その列車のブレーキが故障しており、明らかに異常なスピードであることがわかりました。
その列車の進行方向には、線路で作業をしていた作業員5人の姿があります。
作業員たちは全員が線路に拘束された状態です。身動きは一切とれません。
そのため、このままだと列車との激突は避けられず、その作業員たちは5人全員が”確実に”命を落とします。
そこであなたは自分の横に、”一人の大柄な男”がいることに気づきます。
もしその大柄な男が橋から線路に落ちれば、男は線路を走る列車と正面から激突し、作業員5人全員の命は”確実に”助かります。
しかし、言うまでもなくそうなれば、その大柄の男は”確実に”命を落とすこととなります。
では、問題です。
「あなたは目の前にいるその大柄な男を線路に突き落としますか?それとも落とさないでしょうか?」
以上が大男のケースのトロッコ問題で問われる問題になります。
[前提]一つ目のトロッコ問題とまったく同じ前提がすべて働くものとする
なお、この大男のケースを考えるに当たっては、さきほどご紹介した一つ目のトロッコ問題と同じ前提がすべて働くものとします。
(前提2の二択についてはレバーではなく大柄の男を落とすか否かという違いがありますが)
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【類似問題】トロッコ問題の類題(太った人のケース)の回答結果から考えてみたいこと
繰り返す通り、この『大男のケース』のトロッコ問題は単独で考えることにも意義があると思います。
とはいえ、個人的には、はじめにご紹介したトロッコ問題とセットで合わせて考えると、より価値があることだと思っています。
そのため、ここでは以下2つのことに着眼してご自身の回答結果をご自身で考察してみることをおすすめします。
一つ目のトロッコ問題の回答と変わったか?
以下の「一つ目のトロッコ問題と比較して、回答が変わったかどうか?」です。
たとえば、「一つ目のトロッコ問題で作業員5人を助ける選択をした方は、大男のケースにおいても作業員5人を助ける選択をしたでしょうか?」といったことです。
もし変わったとしたら、それはなぜか?
そして「もし2つのトロッコ問題で回答が変わった場合、その理由はなぜでしょうか?」
または「回答自体は変わらなかったとしても、その回答を選んだ基準などで2つのトロッコ問題に違いはなかったでしょうか?」
これらのことを考えることで、自分の考えや価値観、性格、または自分が考える正義などがより浮き彫りになるかもしれません。
「トロッコ問題の回答はどっちが多い?」統計の割合や意見、アンケート結果の一部
とはいえ、なかには「実際にはどんな答えが選ばれやすいのか?」ということが気になった方がいるかもしれません。
そこでここでは、このページでご紹介させていただいた2つのトロッコ問題の回答結果の一部をご紹介していきます。
主に参考としたのは参考文献でもご紹介させていただいた以下の本です。
しかし、その統計の引用元は本のなかで掲載されているわけではなかったため、あくまで一つの参考として下さい。
それでは順にいきます。
85%以上の人が1人を犠牲にする
まず”典型的なトロッコ問題では、85%以上の人が1人を犠牲にする選択をするよう“です。念のため、典型的なトロッコ問題というのは、一つ目にご紹介した以下のイラストのケースです。
この思考実験の多数派は「スイッチを切り替え、1人を犠牲にして5人を助ける」です。
有名な思考実験なので統計データも複数あり、だいたい85%以上の人がスイッチを切り替えて5人を助ける、そのために1人を犠牲にする行動を起こすことは許されると回答しています。
(『論理的思考力を鍛える33の思考実験』20ページより)
なお、この傾向は後にもご紹介した以下の哲学者:サンデル教授のハーバード大学での講義においても似た傾向(1分42秒あたりから)が見られます。
注:以下の講義内容はここでご紹介させていただいたトロッコ問題とは若干の違いがありますので、そのことはご承知おき下さいませ。
75%~90%程の人が大柄の男を突き落とさない
一方で“大柄の男のケースでは、75%~90%程の人が5人を犠牲にする選択をするよう”です。
つまり一つ目のトロッコ問題と比較すると、以下のイラストのトロッコ問題のケースでは、犠牲者の数においては逆の選択をする傾向にあったといえます。
この設定で思考実験をすると、多数派意見が入れ替わります。
先ほどのスイッチを切り替える問題とは逆に、75%~90%程の人がそのまま静観し5人が犠牲になるほうを選択します。
(『論理的思考力を鍛える33の思考実験』27ページより)
このように一つ目のトロッコ問題とは逆の回答をするようになる傾向は、さきほどもご紹介した以下の哲学者:サンデル教授のハーバード大学での講義においても似た傾向(5分38秒あたりから)が見られます。
女性や特定の職種の人だと違いがある?
ここからはさらに補足ですが…引用元によると、これらの統計結果は女性や特定の職種の人が行った場合には、少なからずまた違った傾向が見られる面もあるとか。
特に女性や医療関係者などは、そうでない人に比べて太った男を突き落とす選択をする確率がやや下がるという統計結果もありますが、それほど大きな差は生まれないといいます。
つまり、どのような職種であれ、人の脳は太った男を突き落とすという選択を圧倒的に嫌うのです。
(『論理的思考力を鍛える33の思考実験』27ページより)
「サイコパスはこっちを選びやすい!」などという事実は存在しない
最後はこの手の話で誤解されやすい気がすることとして…トロッコ問題には、「サイコパスはこっちを選びやすい!」といった傾向はおそらくありません。
少なくとも大学で心理学を勉強していた自分が知る限りにはなりますが…そのことを裏付けられるような質の高いエビデンスは存在しないはずです。
『脳科学』から見たトロッコ問題【2つの研究】
最後は『脳科学』的な側面から見たトロッコ問題です。
ここでは2つの研究をご紹介させていただきます。
<1>プリンストン大学の研究
まずはアメリカ:『プリンストン大学』のグリーン博士らによる研究です。
活性化した”前頭葉”
グリーン博士らは研究により、トロッコ問題の決断を迫られた人の脳を調査。
その結果、“前頭葉*”が特に活性化していたことが確認されています。
*前頭葉:おでこに近い位置にある脳の部位のことで、意思決定はじめ認知機能を担っている
よってトロッコ問題の決断には、この脳の前頭葉の機能差に影響を受ける可能性があるのかもしれません。
そこで参考になるのが次の研究です。
<2>アイオワ大学病院の研究
アメリカ:『アイオワ大学病院』のアドルフズ博士らによる研究です。
“腹内側前頭前野”が損者した6人が対象
アドルフズ博士らは、脳の前頭葉の一部である”腹内側前頭前野*”が損傷した患者6人を対象に研究。
*腹内側前頭前野:前頭葉の一部で中心に近い位置にあり、罪悪感などの倫理的な感覚を担っている
そんな患者6人にトロッコ問題の決断をしてもらいました。
典型問題では変化は見られず
まずは以下のイラストにある典型問題です。
レバーの切り替えにより、5人を選ぶか1人を選ぶかの決断を迫られるトロッコ問題になります。
とはいえ、この典型問題における患者6人の決断結果に、一般的な結果と比較して有意な違いは見られませんでした。
類似問題では極端な功利主義を助長
ですが、このページでもご紹介させていただいた以下のイラストの類似問題においては、結果はまったく異なります。
結論からいうと、腹内側前頭前野が損傷した患者6人は、橋から1人を突き落として5人を助けるという決断をする傾向が顕著でした。
繰り返す通り、腹内側前頭前野は罪悪感などの倫理的な感覚を担っているため、それが損傷されていたために、このような極端な功利主義を助長させたのかもしれません。
以上のことは少なくとも、トロッコ問題がいかに倫理的、道徳的な側面のある思考実験であるのかを、改めて教えてくれる結果だったようにも思います。
トロッコ問題まとめ
トロッコ問題を考える意義は様々ありますが、少なくとも倫理や道徳を考える題材にはなります。
現実に倫理の問題を提起するうえで、学術論文や、AIによる自動運転車の研究などでトロッコ問題が一部引用されることもありました。
とはいえ、そうでなくとも自分の思考を深め、整理する題材にもなると思います。
(回答を悩まない人や、「くだらない…」と意味を感じられない場合にはこの限りではないかもしれませんが…)
またそれらのことは、周りが考える意見と、自分自身の答えを照らし合わせることによっても、意義があることだとも個人的には感じています。
それでは。
哲学者:サンデル教授の『ハーバード白熱教室』の講義【トロッコ問題の動画もアリ】
哲学者:サンデル教授がハーバード大学での講義でトロッコ問題を取り上げた『ハーバード白熱教室』の模様です。
英語にはなりますが、個人的にサンデル教授の語り口はとても面白いと感じました。
トロッコ問題への理解もより深まるかもしれません。授業形式で聞いてみたい方にも良い内容だと思います。
興味がある方は、参考にして下さいませ。
参考文献
このページをつくるにあたり、大いに参考にさせていただきました。
ありがとうございました。
・Thomson, JJ. The Trolley Problem, . Yale Law Journal, 94:1395-1415, 1985.
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