【『トムソンのバイオリン奏者』(ザ・バイオリニスト)】「その命、助ける義務はありますか?」

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思考実験:『ザ・バイオリニスト』のご紹介です。

トムソンのバイオリン奏者』と呼ばれることもあるこの思考実験を、参考文献を元にまとめました。

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注:なお、ここからは便宜上、『ザ・バイオリニスト』の表記で統一させていただきます。

悪しからずご了承下さいませ。

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このページでわかること
  1. 『ザ・バイオリニスト』の問題内容
  2. 回答と考察
  3. 参考文献

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『ザ・バイオリニスト』の思考実験の概要と問題文

それでは思考実験:『ザ・バイオリニスト』の概要と問題をご紹介させていただきます。

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“命の権利”を問う思考実験

ザ・バイオリニストの思考実験とは、”命の権利”を問われる問題です。

アメリカの哲学者:ジュディス・ジャーヴィス・トムソンが、1971年に出版された本の中で提唱しました。

元々、トムソンは『中絶問題』を考えるため、この思考実験を提議しています。

(前略)女性が身体(子宮)の利用を胎児に認めることはメリトリアス(功績的)ではあるが、オブリガトリー(拘束的)ではない。

ーーこれはジュディス・トムソン(Judith Jarvis Thomson 一九二九ー )女史の唱えた説で、人工妊娠中絶正当化の基礎理論である。

(『現代倫理学入門』200ページ より)

よって以下の問題文は、『バイオリニスト=胎児』、『あなた=妊婦』の構図にたとえることができます。

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[問題文]

あるとき、あなたは何者かにさらわれます。

目が覚めると、ベッドに横たわっていました。

あなたの隣には、見知らぬ人も横たわっています。

しかもあなたは、その人と管でつながれていました。

酸素マスクをつけた女性

そんなあなたへ、ある人が次のように声をかけます。

隣にいる人は、世界的に有名なバイオリニストです」

「しかし、命の危機に瀕しています」

あなたと管でつながれることで、バイオリニストは奇跡的に命を保つことができているのです」

そしてある人は、あなたに次のようなお願いを口にします。

9か月後に薬が完成します」

その薬があれば、バイオリニストの病気は確実に治ることがわかっています」

「どうかそれまでの間、力を貸していただけませんか…?

どうやら血液検査の結果から、あなた以外にその役割をつとめられる者はいないようです。

では、問題です。

あなたにはそのバイオリニストを助ける義務はあるのでしょうか?

以上がザ・バイオリニストの思考実験のシナリオです。

なお、補足としてこの思考実験におけるあなたの役割などは、すべてが無償によるものと仮定します。つまりはボランティアです。

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ザ・バイオリニストの思考実験の回答の考察

それでは回答の考察になります。

まずはじめにお伝えさせていただきますが、この『ザ・バイオリニスト』の思考実験に絶対の答えは存在しません。

繰り返す通り、この思考実験は、哲学者:トムソンが、大衆に『中絶問題』を考えるために提議したものだからです。

そのため、ここでの回答もあくまで一つの参考とし、ご自身の考えを深めるための一助としていただければと思います。

<回答例>義務があるとまではいえない

このザ・バイオリニストの思考実験の提唱者である哲学者:トムソンは、『あなたにバイオリニストを助ける義務はない』としています。

つまり自分の人生の9か月間を犠牲にしてまで、何の見返りもなく見ず知らずの人を助ける義務はないということです。

とはいえ、この回答の正誤はさておくとしても、親切心ならまだしも、「このシチュエーションで助ける義務が生じるか?」と問われてトムソンと同様の意見を口にする方は少なくない気はします。

『善きサマリア人のたとえ』

またこの思考実験の例に出されることがあるのが、『善きサマリア人のたとえ』です。次のような逸話になります。

おいはぎに遭い、身ぐるみをはがされ、さらにけがを負わされた1人の男性が倒れています。

たまたま通りかかった祭司は男性に気がつきましたが、見て見ぬふりをして道の反対側を通り過ぎました。

次に通りかかったレビ人も同じように道の反対側を通り過ぎました。

最後に通りかかった1人のサマリア人は、その男性に応急処置を施し、自分の家畜に乗せて近くの宿屋に連れて行き、さらには宿代や世話代までも支払いました。

(『論理的思考力を鍛える33の思考実験』246、247ページ より)

補:『善いサマリア人』と呼ばれることもあります

この逸話をあえてザ・バイオリニストの思考実験に置き換えるとしたら、『男性=バイオリニスト』、『通りかかった人=あなた』と仮定できるかもしれません。

結果としてこの逸話では、シチュエーションは違えど、通りかかったサマリア人が男性を助けています。

しかし、その動機はあくまで親切心によるものであり、義務ではなかったようにも思います。

もしこの逸話に登場するサマリア人が、「あなたには男性を助ける義務があります」と誰かに言われたとしたら、どう感じていたのでしょうか。

イエス・キリストの隣人愛

なお、元々この『善きサマリア人のたとえ』は、キリスト教の開祖:イエス・キリストに原点があります。

「隣人とは誰か」という問いに対して、イエスがけが人を救ったサマリア人の話をしたもの。

旅をするサマリア人が、強盗に襲われて倒れている人をみつけ、傷にオリーブ油とブドウ酒をそそいで包帯をし、自分のロバに乗せて宿屋に連れていき、宿屋の主人にお金を渡して手当てを頼んだ。

このサマリア人こそ、けがをした人の隣人である。

人生で出会った人に救いの手をさしのべる隣人愛によって、すべての人は自らの隣人となる。

(『倫理用語集』62ページ 善いサマリア人 より)

隣人愛“とは次のような意味です。

「自分を愛するように、あなたの隣人を愛せよ」という、イエスの説いた愛。(中略)

隣人愛は、人生で出会った人の呼びかけに応じて、救いの手をさしのべ、その愛によってすべての人を自らの隣人へとかえていくものである。

(『倫理用語集』62ページ 隣人愛 より)

『新約聖書』の福音書には、「人にしてもらいたいと思うことは、何でも、あなたがたも人にしなさい」とのイエス・キリストの言葉が記されています。

この言葉は隣人愛についての重要な教えであり、『黄金律』とも呼ばれています。

『ザ・バイオリニスト』の思考実験まとめ

『ザ・バイオリニスト』の思考実験は、人の命が天秤にかけられています。

『一人の生命は地球より重い』という言葉がある通り、言うまでもなく、命は貴いものです。

何を犠牲にしてまで、優先すべきという考えもあることでしょう。

ですが、不思議なことに、そこに義務が生じるとなると、途端に様相が変わり得ます。

この思考実験は、そんなジレンマが体現されている気がしてなりません。

参考文献

このページをつくるにあたり、大いに参考にさせていただきました。

ありがとうございました。

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