坂口安吾:『教祖の文学』の解説と考察【小林秀雄への批判】

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名作:『教祖の文学』をご紹介させていただきました。

概要は全文ふりがな付きです。

一つの参考にして下さいませ。

このページでわかること
  1. 全文ふりがな付きの概要
  2. 作者紹介
  3. 解説と考察
  4. 参考文献

『教祖の文学』の概要

まずは解説と考察の前提となる本作の概要と作者紹介です。

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自分という人間は他にかけがえのない人間

ぶんという人間にんげんほかにかけがえのない人間にんげんであり、ねばなくなる人間にんげんなのだから、ぶん人生じんせいせいいっぱい、よりく、ふうをこらしてきなければならぬ。

人間一般にんげんいっぱん永遠えいえんなる人間にんげん、そんなもののしょうぞうによってわせたり、まぎらしたりはできないもので、たんじゅん明快めいかい、よりきるほかに、何物なにものもありやしない。

文学ぶんがくそう宗教しゅうきょうぶん一般いっぱんはそれだけのものであり、人生じんせい主題眼目しゅだいがんもく*はつねにただぶんきるということだけだ。

 

える、そして人間にんげんえ、えすぎたという兼好法けんこうほう*はどんな人間にんげんたというのだ。

ぶんという人間にんげんえなければ、人間にんげんがどんなにえすぎたってなにていやしないのだ。

ぶん人生じんせいへのそうがんりょくというものがえなければ。

 

人間にんげんかなしいものだ。せつないものだ。くるしいものだ。こうなものだ。

なぜなら、んでなくなってしまうのだから。

ぶん一人ひとりだけがそうなんだから。

 

銘々めいめい*がそういうぶん背負せおっているのだから、これはもう、人間にんげんどうしの関係かんけい幸福こうふくなどありやしない。

それでも、とにかく、きるほかはない。

きるじょうは、わるくより、きなければならぬ。

(おわり)

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よう説明せつめい

主題眼目しゅだいがんもくちゅうしんとなる問題もんだいと、もっとじゅうようとなるてんのこと

兼好法けんこうほう:『徒然草つれづれぐさ』の作者さくしゃであるよし兼好けんこうのこと

銘々めいめい:それぞれ

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作者:坂口安吾

坂口安吾

作者:坂口安さかぐちあん(1906~1955年)

新潟県出身の小説家。

新潟県の大地主の家に生まれた。

父は県会議長、のちに衆議院議員をつとめ、漢詩*にも通じていた。

(『倫理用語集』182ページ 坂口安吾 より)

かん:中国の伝統的な詩のこと

中学に進学したが、家庭の複雑さもあって奔放・孤独な日常を送り中退、仏教を学ぼうと1926(昭和元)年に東洋大学哲学科に入学した。

交流のあった芥川龍之介の自殺に衝撃を受け、精神的に不安定となるが、アテネ=フランセで学ぶうちに小説家を志す。

大学卒業後、同人誌を創刊、創作を始めて新進作家となった。

(『倫理用語集』182ページ 坂口安吾 より)

その他の代表作には『堕落論』や『風と光と二十はたちの私と』など多数。

評価

古い道徳観を否定した自由で大胆な作品の数々は、社会に衝撃を与え続けました。

『無頼派』

特に『堕落論』はベストセラーとなり、太宰治だざいおさむらとともに『らい』と称されるまでになりました。

(前略)人間が人間本来の姿に戻ることを「堕落」と呼んでベストセラーとなり、太宰治だざいおさむらとともに「らい」と呼ばれた。

(『倫理用語集』182ページ 坂口安吾 より)

落下 「『堕落論』が伝えたいことは何だったのか?」あらすじをわかりやすく解説&考察【名言とともに】

鋭い評論と独特の視点からの文明批評

やがて物心ともに苦しい生活の中で、「突きつめた極点で生きることに向かった時、そこから新しい倫理が発足する」と説くなど、鋭い評論を発表した。

(『倫理用語集』182ページ 坂口安吾 より)

作品は多彩で、独特の視点からの文明批評も有名である。

(『倫理用語集』182ページ 坂口安吾 より)

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『教祖の文学』の解説と考察

本作:『教祖の文学』にまつわる解説です。

参考文献を元にまとめました。

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注:ここからの情報は自分独自の考察も含みます。

間違っていないとは言い切れませんので、あくまで一つの参考にして下さいませ。

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教祖=小林秀雄

まず前提として本作のタイトルである“教祖”という言葉は、“文芸評論家:ばやしひで*”のことを指しています。

ばやしひで:近代批評の道を開いた文芸評論家

時代の流行に冷静れいせいな目を向け、プロレタリア文学(労働者ろうどうしゃの立場から、その生活やしんじょうをえがこうという文学)をはんした時期(1929~32年)の評論集に『文芸評論』がある。

ついで、雑誌『文学界』の中心となって、『ドストエフスキーの生活』『しょう説論せつろん』を書いて近代の識人しきじんあんに取り組み、その本質ほんしつを見きわめようとした。

(『学習人物事典』168ページ 小林秀雄 より)

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ちなみに小林の存在は多方面に多大な影響を与えたとされており、詩人:中原なかはらちゅうもその影響を受けた一人です。

死神 【中原中也の詩:『骨』】解説と考察【骨を通した客観的な自嘲】

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作家を評価することへの批判

そして本作の作者である坂口 安吾は、作家たちを評価する文芸評論家の小林のことを、本作を通じて批判しました。

ぶんという人間にんげんほかにかけがえのない人間にんげんであり、ねばなくなる人間にんげんなのだから、ぶん人生じんせいせいいっぱい、よりく、ふうをこらしてきなければならぬ。

人間一般にんげんいっぱん永遠えいえんなる人間にんげん、そんなもののしょうぞうによってわせたり、まぎらしたりはできないもので、たんじゅん明快めいかい、よりきるほかに、何物なにものもありやしない。

文学ぶんがくそう宗教しゅうきょうぶん一般いっぱんはそれだけのものであり、人生じんせい主題眼目しゅだいがんもく*はつねにただぶんきるということだけだ。

なお、批判の矛先を向けられた小林は、生前、次のような言葉を残していたといいます。

小林秀雄は、批評とは「つまるところ、自己じこを語ることだ(批評は創造そうぞうであるということ)」と語っている。

(『学習人物事典』168ページ 小林秀雄 より)

以上のことを今一度念頭に置いて本作を見返してみると、本作への理解がより深まるかもしれません。

少なくとも自分はそうでした。

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坂口安吾:『教祖の文学』まとめ

本作:『教祖の文学』は、作者の人生論が垣間見える作品だったように自分は思います。

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参考文献

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