【『長靴をはいた猫』あらすじ内容を簡単に】教訓も考察「童話は何を伝えたかったのか?」

長靴をはいた猫

名作童話:『長靴をはいた猫』のご紹介です。

あらすじは読み聞かせができるようにまとめています。参考にして下さいませ。

このページでわかること
  1. 『長靴をはいた猫』のあらすじ要約
  2. 『グリム童話』との関係性
  3. 考察
  4. 教訓
  5. 参考文献

『長靴をはいた猫』あらすじ内容を簡単に【童話】

まずはあらすじと作者紹介です。

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物語:長靴をはいた猫の活躍

長靴をはいた猫

むかし、あるところに、貧乏びんぼうこなひきのおとこがいました。

やがておとこんだので、その遺産いさんとして、ちょうなんにはこなひき小屋ごやなんにはロバ、三男さんなんにはねこあたえられます。

ですが、三男さんなん若者わかものは、「これではらしていけない…」とがっかりしました。

そこでそばにいたねこが、つぎのようにいます。

 

だいじょうですよ。わたしがご主人しゅじんしあわせにしてみせます。だからわたしに、ふくろひとつと長靴一足ながぐついっそくをください」

 

若者わかものとおりにしました。

そのねこはそのふくろでうまいことウサギをつかまえて、王様おうさましろへときます。

長靴ながぐつをはいたねこは、ぞくのように気取きどって、「王様おうさま、このウサギはカラバこうしゃく*さまからのおくものです」とうのでした。

カラバこうしゃくとは、ねこがそのかんがえた若者わかものまえです。

でも、王様おうさまはそれをしんじたので、ねこにおれいいました。

玉座に座る王様

あるねこ若者わかものいます。

しあわせになりたいのなら、かわなかみずびをしていてくださいね」

若者わかものわけがわかりませんでした。

ですが、ねことおりにしました。

 

その、そこへ王様おうさまとお姫様ひめさまったしゃとおりかかります。

するとねこきゅうに、「たすけてください!悪者わるものがカラバこうしゃくさまものぬすんでいきました!!」とさけびます。

王様おうさまこうしゃく立派りっぱものあたえると、まれつきハンサムな若者わかものは、まるでこうしゃくさまのようにじょうひん堂々どうどうえました。

姫様ひめさまはすっかり若者わかものきになったので、王様おうさまこうしゃくしゃせます。

ねこしゃよりさきあるき、ひとつけるたび、「もし王様おうさまが「この土地とちだれのものか?」とたずねてきたら、「カラバこうしゃくさまのものです!」とこたえるのだぞ」とおどしました。

そのおかげかなにらない王様おうさまは、「(こうしゃくはたいへんひろりょう*をおさめているのだな…)」としんじました。

 

そのねこはどんどんとさきき、ひとおにしろへとやってます。

このおにこそが、あのひろりょうぬしなのです。

そこでねこは、おにかってつぎのようにいます。

「あなたさまなににでも変身へんしんできるときました。でも、まさかちいさなネズミには、なれませんよねぇ?」

するとおには、「そんなことはない!ておれ!!」とうやいなや、おおきなおにちいさなネズミに変身へんしんしました。

するとねこは、そんなちいさなネズミになったおにをむしゃむしゃとべてしまったのです。

そしてねこ何事なにごともなかったかのように、「カラバこうしゃくさまのおしろへようこそ!」と王様おうさま一行いっこうむかれます。

やがて若者わかものひめ結婚けっこんし、ねこぞくになりました。

(おわり)

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用語ようご説明せつめい

こうしゃく:ヨーロッパのぞくかいきゅうひと

りょうぞくなどのゆうりょくしゃはいする土地とち

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作者:シャルル・ペロー

作者:シャルル・ペロー(1628~1703年)

フランス出身の童話作家であり詩人であり、評論家。

パリに弁護士の子として生まれ、大学では自身も弁護士の免許を取得しました。

その後、大蔵大臣コルベールに認められ、ルイ14世の宮廷に仕えながら、詩を書きました。

1683年にコルベールが亡くなってからは宮廷からは退き、詩や文章を書く創作活動に専念しています。

作品:『ペローの童話集』

なお、『ペローの童話集(ペロー童話)』は、1697年にペローが出版した童話集のことです。

ペローがヨーロッパにつたわる民話や伝説をもとにしてつくった童話集。

別名『ちょうおかあさんの物語』。1697年発表。

『赤きん』『長ぐつをはいたネコ』『青ひげ』『シンデレラ』『眠りの森の美女』など11の昔話を散文や詩の形にして、美しいフランス語で簡けつに表したもので、それらの物語には皮肉や教訓がもりこまれている。

(『学習人物事典』409ページ より)

フランスの『童話』の原点

フランス児童文学の研究者である末松すえまつ氷海子ひみこさんは、このペローの童話が、フランスの童話の原点であると指摘しています。

フランスの「童話」の原点は、十七世紀の貴族シャルル・ペローの書いた「コント・ド・フェ」であるといわれている。

日本では「ペロー童話」と呼びならわされてきたこの物語集のなかに、だれもが知っている『赤ずきん』や『サンドリヨン(シンデレラ)』の話も含まれている。

ペロー自身がこの物語の読者として、大人ばかりでなく子どもも想定していたことから考えても、まさに「童話」の呼び名にふさわしい作品集といえよう。

(『童話学がわかる』31ページ より)

『モラリテ(教訓)』が練り上げられていた

さらに末松さんは、ペローの童話の魅力の一つに『モラリテ(教訓)』の存在を挙げています。

しかし「ペロー童話」の原文や完訳をじっくり読んでみると、単に「童話」というだけではない、人間全般に視野を広げた深みのある物語であることがわかる。

もちろん、物語の筋書きをたどるかぎり、子どもが楽しめる話ばかりにちがいないが、ペローの真意がそれだけではなかったことは、ところどころに見られる洒脱で精巧な文意表現や状況描写、とりわけすべての物語の末尾につけられた「モラリテ(教訓)」によって示されている。

「モラリテ」とは、徳性、倫理観のような人間の心のあるべき姿や行動の指針となる言葉である。(中略)

人間の「内面」にまで踏み込んで「モラリテ」を練り上げたペローの思想は、当時としては非常に新しい魅力を具えていたものと思われる。

(『童話学がわかる』31ページ より)

寓話性と影響

続いても末松さんの考察です。

「童話」の形を借りて、自分の生きている時代を客観的に描写し、人間観察を行い、読者に対して人間批判や生き方への示唆を与えるのが、この書の目的であったのはいうまでもない。

このような「ペロー童話」の持つ寓話性は、現代にいたるまで、フランスの「子どものための」物語の特色として生き続けている。

(『童話学がわかる』31ページ より)

人物:新しいものが優れている

(前略)宮廷を中心とする文学者の間では、ギリシャやローマの古典だけがすぐれた作品であると考える人が多かったが、ペローは新しいものがすぐれていると考えて論争を始めた。

この〈新旧論争〉は何年もつづけられたが、ペローの考えは『古代人近代人比較論』にまとめられている。

(『学習人物事典』408ページ より)

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『長靴をはいた猫』と『グリム童話』の関係性

『長靴をはいた猫』と聞くと、『グリム童話』を思い浮かべる方がいるかもしれません。

(自分はそうでした)

とはいえ、それは間違いではありません。

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『初版:グリム童話』には収録されていた【二版以降では削除】

結論からいうと、『長靴をはいた猫』は”初版の”『グリム童話』には収録されていました。

『長靴をはいた猫』を初めて世に送り出したのは、一六九五年、フランスのシャルル=ペローでした(その後、グリム兄弟が一八一二年初版の『童話集』に収めますが、本来ペローのものであるとして、第二版以降は省かれています)。

(『大人もぞっとする初版『グリム童話』』124ページ より)

*上記では1695年となっていますが、1697年との説もあります

『初版:グリム童話』といえば、恐ろしい物語が多いことで有名ですが、本作もそのなかに収められていました。

よってそのことが、人によっては本作と『グリム童話』に関係性があると思う理由の一つだと考えられます。

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『長靴をはいた猫』を当時のフランス社会の側面から考察by由良弥生さん

続いては、『大人もぞっとする初版『グリム童話』』の作者:由良ゆら弥生やよいさんによる考察です。

まず繰り返しになりますが、前提として本作:『長靴をはいた猫』は、フランス出身の童話作家:シャルル・ペローが書いた作品でした。

そこで由良さんは、そんな背景がある本作を、当時のフランス社会の側面から考察して下さっています。

『長靴をはいた猫』は、知恵と機転に富んだ牡猫おすねこ冒険譚ぼうけんたんであるーーそう思っておられる方はきわめて多いことでしょう。

では、きます。

なぜ、猫なのか。

なぜ、ネズミや鳥や馬であってはいけなかったのか。

そのわけをひもとくためには、当時のヨーロッパ社会において、猫がどのような存在であったのかを知る必要があります。

(『大人もぞっとする初版『グリム童話』』124ページ より)

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主人公はなぜ”猫”だったのか?

まずさきほどご紹介させていただいた由良さんは、『長靴をはいた猫』の主人公が”猫”であった理由には、当時のフランス社会の影響があったのではないか…ということを次のように考察なされていました。

古来フランスでは、猫は邪悪の象徴であり、性的魅力でもって男性を惑わす女性の象徴でもありました(中略)

十六世紀には、聖ヨハネの祝日に、パリのシャトレ広場で、邪悪なる猫どもを生きたまま焼き殺す習慣があったといいます。

(『大人もぞっとする初版『グリム童話』』124、125ページ より)

本作の主人公である猫は、様々な手を使って関わった者たち(王様や鬼など)を惑わせていました。

そしてその行為は次のように解釈すれば、確かに邪悪な行為であったと解釈できる側面もありそうです。

(前略)愛する主人のため、官能と機知と残酷さを武器に、一国の王をいともたやすく手玉に取ったうえ、あまつさえ暗黒世界の王・魔法使いをも自在に操り、果ては食い殺してしまう。

(『大人もぞっとする初版『グリム童話』』125ページ より)

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ルイ14世の絶対的な王権誇示

さらに本作:『長靴をはいた猫』が出版された時代のフランスは、ルイ14世による絶対王政の真っただ中でした。

とはいえ、由良さんはそんな時代背景も、本作が人気となった理由の一端であると、次のように考察なされています。

この弱者が強者をりょうするという小気味のいい展開が、物語を構成する重要な軸になっているわけですが、十七世紀当時、太陽王ルイ十四世の絶対王政に苦しむ庶民にとって、これが単なる冒険譚の域をはるかに超えた奇跡のサクセス・ストーリーとしてとらえられたことは想像に難くありません。

(『大人もぞっとする初版『グリム童話』』125、126ページ より)

これも確かに、本作に登場する若者(後のカラバ侯爵)や猫を仮に弱者とするならば、王様や大きな領地の持ち主だった鬼は強者であったと解釈できます。

そして本作ではそんな弱者が強者を惑わし、自らの地位などを高めていく様子が描かれていました。

よって当時を生きていた大多数の一般的な民衆のなかに、本作で描かれていた若者や猫の活躍に勇気づけられた方がいたとしても、それは何ら不思議なことではないのかもしれません。

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絶えなかった称号の悪用

また由良さんいわく、当時の絶対王政が蔓延はびこっていたフランス社会には、”侯爵”の称号を悪用する者が後を絶たなかったといいます。

当時のフランス社会では「侯爵」の称号が悪用され、はったり勝負でサクセスの階段を上ろうとするやからがあとを絶たなかったといいます。

(『大人もぞっとする初版『グリム童話』』126ページ より)

本作においても、”カラバ侯爵”という創作された称号が使われていました。

とはいえ、それは作者のペローが当時のフランス社会の一面を、この作品に反映した結果だったのかもしれません。

由良さんは次のようにご指摘なされています。

ペローはそれに着眼し、「どうせ名前などいい加減なものなんだから、見かけさえ整えれば、実体なんてあとからついてくる」ことを強調したのだという説があるのは、そのような時代背景を受けてのことでしょう。

(『大人もぞっとする初版『グリム童話』』126ページ より)

なお、由良さんはこれらのことを、『名前の無効性』とご指摘なされていました。

(前略)この物語で暗に語られているのは、「名前の無効性」です。

(『大人もぞっとする初版『グリム童話』』126ページ より)

「カラバ侯爵」という、いかにもインチキ臭い(?)国籍不明の響きは、してみると、名前の無効性を唱えるために、ペローがあえて選んだのかもしれません。

(『大人もぞっとする初版『グリム童話』』127ページ より)

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書き間違えに隠された真意とは?

そしてなんでもこの『名前の無効性』にまつわるエピソードには、『書き間違いの問題』というものがあるそうです。

以下も由良さんの見解になります。

(前略)一六九七年に送り出された第二版には、初版にはない記述が加筆されています。

「カラバ爵が二、三度、少しだけ愛情のこもったまなざしを投げかけただけで、王女は熱烈に恋するようになりました」というのがそれです。

「侯爵」と「伯爵」という二つの爵位混在の真意については諸説あります。

一つは、単なる書き間違いというもの。

そして、もう一つは、名前の無効性を強調するために、あえて混在させたのではないかというものです。

特に、恋の熱病に浮かされた王女の目線に降りてみれば、「若くてハンサムな青年」という「見かけ」さえ整っていれば、その名前に付く称号が、侯爵だろうが伯爵だろうが、いっこうにかまわないという「名前の無効性」が、いよいよ際立ってくるのではないでしょうか。

(『大人もぞっとする初版『グリム童話』』126、127ページ より)

もちろんこれらの真偽はわからないものの、個人的にはとても面白い考察だと思いました。

皆さんはどのように考えるでしょう。

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『長靴をはいた猫』の”教訓”【3つ】

最後は本作:『長靴をはいた猫』の教訓を考察させていただきました。

ここまででご紹介させていただいたすべての情報(あらすじと作者紹介、フランス社会の側面からの考察)を前提にした内容になります。

とはいえ、自分の個人的な考察に過ぎませんので、「あ~、そういう見方もあるのね~」といった程度に見ていただると幸いです。

結論からいうと、3つあります。

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注:繰り返しになるため恐縮ですが、ここからの情報は自分の考察に過ぎません。

そのため、作者であるペロー自身が書き残した教訓とはまったくの別物です。

よってあくまで一つの参考として下さいませ。

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<1>中身も大事だが、外見も大事

まず一つ目に示唆される教訓は、『中身も大事だが、外見も大事』ということです。

この理由は、本作では『外見を着飾ることには少なからず価値がある』と捉えることもできる描写が複数確認できるからになります。

はじめに前提として、これは当然のことではありますが…”長靴*”は人間の文化です。

*長靴:ある時代における一部の国や地域では、”長靴は貴族の象徴”だったとされる説もある

そして本作ではそんな長靴をはいた猫が、まるで人間かのような振る舞いを見せています。

長靴をはいた猫が人間に向かって命令をしたり、長靴をはいた猫が人間にお願いをしたりする場面がまさにそれです。

とはいえ、それ以上に注目すべきは、そんな猫と接している周りの人間たちが、まるで人間と接しているかのように描かれていることです。

もちろんそれは猫の知性なども影響しているとは思いますが、繰り返す通り、本作ではその他にも、外見の重要性が強調された描写が複数確認できます。

たとえば、若者が王様から与えられた立派な着物により、本物の侯爵かのような佇まいを手に入れた描写などがそれです。

よって以上のことから、本作では、『中身も大事だが、外見も大事』という教訓が示唆されていたように考えました。

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<2>知恵を絞ることの貴さ

とはいえ、仮に外見を着飾ることに何らかの価値があるとしても、『人は見かけによらない』という言葉もあるのが世の常です。

そうでなくても、外見を変えるだけ・・で物事が何もかもうまくいってしまっては、児童向けの童話としては、「う~ん…」と思う方もいることだろうと思います。

そこでこの作品から自分が考察した二つ目の教訓が、『知恵を絞ることのとうとさ』です。

本作では、猫がいわゆる”とんち*”を働かせることにより、主人に富をもたらす様子が描かれていました。

よって見方によっては、本作では知恵を絞ること…つまりは外見以外への価値も示唆されていたと考察します。

*とんち:その場に応じて即座に出る知恵のこと

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<3>要領良く世の中を渡っていくことの価値

最後は、『要領良く世の中を渡っていくことの価値』についても教訓として示唆されている気がしました。

その理由は、本作の中心である猫や若者こそが、要領良く世の中を渡った当人たちであるからに他ならないためです。

猫や若者は、外見をうまく着飾ったり、ときには周囲を口車に乗せるなどして…自分たちにとって優位な状況を意図的につくり出していました。

このことが”要領良く”という言葉に必ずしも当てはまるとは言いませんが、少なくとも猫や若者は自らの境遇を無抵抗に受け入れ、愚直に振る舞っていたわけではありません。

よって「(できるなら、なんとか世の中をうまく渡りたい…)」という意志があったものと推測されます。

結果として本作では、そのようなやり方がうまくいく形で描かれていました。

そのため、この『要領良く世の中を渡っていくことの価値』についても、本作における一つの教訓として示唆されていると自分は考えます。

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仮にこの教訓が真実だったとしても、この教訓自体は人によって評価が分かれる面もあるかもしれません…。

ですが、いつの時代にも、そのように要領良く世の中を渡っていく人がいることは事実です。

よって少なくとも、現実に生き辛さを感じている人にとっては、この猫や若者たちの振る舞いは、一つの処方箋になる面もあるように思います。

もっといえば、そのことこそがこの教訓の本質かもしれません。真実だったらの話ですが…。

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『長靴をはいた猫』あらすじ内容を簡単に【教訓と童話】まとめ

童話:『長靴をはいた猫』は、長靴をはいた主人公の猫の活躍が、ユーモアに描かれていました。

純粋に見ても面白い作品ですが、少し見方を変えるだけで、その背景には作者:シャルル・ペローが随所に散りばめたと思われる教訓や、当時のフランス社会の影響などが垣間見えます。

特に教訓に関しては、世の中の本質を突いているかのような側面もあったのではないか…と個人的には感じました。

子供だけでなく、大人にとっても価値ある作品であることには、間違いありません。

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参考文献

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