「『星の銀貨』は本当は怖い?」あらすじの真相を解明【グリム童話の考察】

名作童話:『星の銀貨』のご紹介です。

あらすじは読み聞かせができるようにまとめています。一つの参考にして下さいませ。

このページでわかること
  1. 星の銀貨のあらすじ
  2. 「本当は怖い?」の真実を解明、考察
  3. 参考文献

『星の銀貨』のあらすじ

まずは話の前提となる『星の銀貨』のあらすじと作者のご紹介をさせていただきます。

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物語:思いやりの心を持った、一人の女の子に訪れた奇跡

銀貨

あるところに、とてもまずしいおんながいました。

そのおんなのおかあさんとおとうさんは、すでくなっていました。

おんなには、きちんとしたいえもなく、いまているふくほかには、るものはなにっていません。

 

あるのは、親切しんせつひとめぐんでくれた、ひとかけらのパンだけです。

 

あまりにみすぼらしいために、おんなまちひとたちからきらわれていました。

こころないひとからは、いしをぶつけられたこともあったといいます。

でも、おんなはとてもきよらかなこころっていて、神様かみさまのことをしんじていました。

星空

あるとき、そんなおんなまちはなれて野原のはらあるいていると、おなかかせたおとこひと出会であいます。

なにべるものをおくれ…」

おとこひといます。

そこでおんなは、自分じぶんっていた、ひとかけらのパンを、全部ぜんぶあげてしまいました。

そして、おんなつぎのようにい、またあるしました。

 

神様かみさまのおめぐみがありますように」

 

おんなあるつづけると、今度こんどいているおとこ出会であいました。

おとこが「あたまさむい…」とうので、おんな自分じぶんがかぶっていた帽子ぼうしをあげて、また「神様かみさまのおめぐみがありますように」といました。

 

そのあとおんなは、何人なんにんものひと出会であいました。

さむさにふるえている子供こどもには、自分じぶんている上着うわぎを、肌着はだぎだけを子供こどもには、はいていたスカートをあげました。

そしてかならず、「神様かみさまのおめぐみがありますように」とうのでした。

 

おんなはさらにあるいてもりにやってきました。

すると今度こんどは、はだか子供こども出会であいます。

おんなは、「もうよるだからひともいないし、ずかしくない」と自分じぶんかせ、最後さいごのこった肌着はだぎを、はだか子供こどもにあげてしまいました。

そしてやっぱり、おんなつぎのようにうのでした。

 

神様かみさまのおめぐみがありますように」

 

はだかになったおんなが、もり一人ひとりっていると、突然とつぜんそらからたくさんの星々ほしぼしってきました。

なんとその星々ほしぼしは、すべて銀貨ぎんかだったのです。

山積みの銀貨

しかもおんなはいつのまにか、上等じょうとう肌着はだぎていました。

おんなはその銀貨ぎんかによって、一生いっしょうかねこまることなく、しあわせにらすことができました。

(おわり)

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用語ようご説明せつめい

※「神様かみさまのおめぐみがありますように」:キリストきょう相手あいてしあわせをねがうときに使つか言葉ことば一般いっぱんには「おしあわせに」とちか意味いみがある

銀貨ぎんかぎんでできたおかねのこと

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作者:グリム兄弟

作者:グリム兄弟(兄:ヤーコプ(1785~1863年)、弟:ウィルヘルム(1786~1859年))

ドイツのハーナウで生まれた後、兄弟で言語学者、文学者として活躍。

二人はともにゲッティンゲン大学で教授をしていました。なお、父は法律家でした。

『グリム童話集』は、そんな二人がドイツ各地から集めた昔話を編集して出版した童話集になります。

本作:『星の銀貨』は1815年に発表されました。

その他の作品には『白雪姫』など多数。

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「『星の銀貨』は本当は怖い?」あらすじの真相を解明【グリム童話を考察】

では、ここまでのあらすじなどを踏まえたうえで、「『星の銀貨』は本当は怖いのか?」の真相を解明します。

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【結論】『怖くない』【誤解されやすい理由はおそらく2つある】

結論からいうと、『怖くはありません』という一言になります。

とはいえ、怖いと噂されることにはそれなりに理由があるはずです。その理由は大きく2つあると考察します。

<理由1>『グリム童話=本当は怖い』という誤解

まず一つ目が、『グリム童話=本当は怖い』という誤解です。

有名どころだと、『赤ずきんがオオカミに食べられる』など、グリム童話の怖い話を聞いたことがある方はいるかと思います。

ですが、実際のところはすべてのグリム童話が怖いわけでは決してありません。

本作:『星の銀貨』も1815年に発表されてから今に至るまで、直接的に怖い要素は一切含まれていません。

<理由2>登場人物の女の子が”身を削りすぎ”だと見えるのかも…

そして二つ目は自分の考えすぎかもしれませんが…物語の中心である女の子が、”身を削りすぎ”であることに怖いと感じる方がいるかもしれないという理由です。

物語において女の子は、困っている人たちに対し、度重なる”献身”を見せます。

決して見返りを求めずに身を削り続けるその姿勢は、見方によってはやや狂気的に見える面がないともいえません。

もちろんそのような捉え方は作者にとっては本意ではないかもしれませんが、人によってはそう感じる方がいたとしてもおかしくはないという考察です。

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また女の子は、他者への献身を示した後、必ず「神様のお恵みがありますように」という一言を残しています。

これも人によっては一種の過剰な信仰心の表れのように感じてしまうかもしれないため、このことも、もしかしたら怖いと感じる方がいるかもしれません。特に無神論者はそうでしょう。

(とはいえ、自分は無神論者ですが、特に怖いとは思いませんでしたが…)

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「『星の銀貨』は本当は怖い?」あらすじと考察【グリム童話】まとめ

『星の銀貨』自体には、今も昔も直接的に怖い要素はありません。

ですが、作品自体が、元来、残酷な描写が多かったグリム童話であること。

そして登場人物の女の子が見せる献身が、見方によっては過剰に見える面もまったくないとは言い切れないため、個人的にはそれらのことが、誤解を生んでいるような気がしています。

作品本来のあらすじは、周りを思いやる心の豊かさが描かれた作品です。名作と呼ばれるにふさわしいあらすじだと思います。

また『自分の日頃の行いは、誰かが必ず見ている』といった道徳的なことを学ぶうえでも良い教材となりそうです。

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参考文献

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